Lv100第六十八話
「スレイプニール -恵理とアキ号(ひらまきパークその二)-」
登場古生物解説(別窓)
 貴重な週末の休み、マンションの部屋、外は雨。
 ほんの一時間前までは、スマホで動画を見る私の気分も同じようにどんよりとしていた。
 しかし今は……動画を見ているのに変わりないが、全く違っていた。こんな詰まりが取れたような気持ちになるとは思っていなかった。
 スマホの画面には、大型犬ほどの動物が丸太の上でものを食べている様子が映っている。大きさは犬だが、顔や体付きは猫に見える。
 ディニクティス、というそうだ。大昔の動物が動物園にいるのももう当たり前になってきた。この動画を配信しているのもどこだったかの動物園……「ひらまきパーク」というようだ。
 口を開くと猫がどうとかいうレベルではなく長い牙が出てきて、丸ごとの蒸し鶏を切り裂いて飲み込む。
 普段ならなにか暴力的な楽しみを満たすための動画だと思っていただろう。今の私にはこの動物が活き活きと喜びを感じているのがよく分かり、そのことに自分でも驚きながら見ている。
 別に動物に興味があったわけでも詳しいわけでもない。なのになぜ大昔の動物に見入っているのか。
 おすすめ動画欄には、これを見るきっかけになった競馬の動画がまだ並んでいる……。

 千春との勝負だったのだ。あいつと私は同じゲームで競い合っている。
 単純に腕を競うだけではなく、互いの持っているアイテムを賭けて勝負を繰り返していた。最初はゲーム内のほんのちょっとした競争だったが、次第に大掛かりになり、共通の友達にSNSで勝負の行方を見届けられるに至った。
 そして今回とうとう、本当のギャンブルになってしまった。
 今度の競馬で馬を一頭ずつ選び、勝ったほうがアイテムをもらえる。
 私が言い出したことではあった。あいつが賭けに出したアイテムがあんまりにも欲しくて、そのせいで勢いがついて、本格的に賭け事らしい勝負を提案してしまったのだ。
 競馬が分かるわけでもなく……、とりあえず配信されている動画を見ておけばなんとかなるのでは、などと付け焼刃の対策を打つ有り様のくせに。
 レースの動画を開いて、こいつが勝ちそうだと思って見続けて、全然中途半端な結果に終わる。最初のうちはそれでも、馬の勇ましく、またそれでいてどこか愛嬌のある姿を見ていれば楽しめた。
 たまに当たってもそれはまぐれで、同じ方法で選んで勝とうとしても続くことはない。
 そのうち真剣に当てる気力もなくなり、適当に途中を飛ばしてはまたおすすめで出てくる動画を再生するだけになっていた。
 いつの間にか、馬は馬でも動物園の馬の動画が再生されていた。私はそれを止める動きすら取らなかった。
 私と同世代の女の人が作業服を着て、柵の向こうにポニーみたいに小柄な馬を立たせている。まあ、可愛らしいお馬さんなことで。
「ユースクリーンをご覧の皆様、こんにちは。私はひらまきパークの研究員、小森です」
 飼育員ではないみたいだが、動物園で何の研究をするのだろうか。馬に何か研究しないといけないような謎が?
「こちらのウマは木曽馬という品種で、ヤマブキ号という名前です。木曽馬は隣の県の在来馬です」
 ポニーではなかった。日本古来の馬だからサラブレッドと違って脚が短くて背が低いのか。それに見た感じサラブレッドと違って大人しそうだ。
 競馬とはあんまり関係なさそうだが、馬そのものについて学ぶ動画を見たほうがかえって競馬の馬を正しく選べるようになるかもしれない。
 そう思って私は動画を見続けることにした。
「まずはウマがなぜ速く走れるかということで、実際に走っているところをご覧いただきながら説明いたします」
 ヤマブキ号と呼ばれた馬は柵の中をつったかつったかと早足で周り始めた。競争の走り方、いわゆるギャロップではない。
「脚の動きをご覧ください。胴体に近い太い筋肉で、長い脚の先のほうを大きく振り回しています」
 それだと尻や肩の肉が付いていたほうが脚が速く動かせるんだろうか。素人の私には太っているのと見分けがつかないかもしれない。
「脚の先のほうは長くて軽く、それでも丈夫になるように、発達した中指だけが地面に付き、他の指は手足の甲に当たる部分ごとなくなっています。その中指の先端が蹄鉄の形でおなじみの蹄です」
 中指?蹄は握り拳みたいなものじゃないのか?ものすごいつま先立ち?
 カメラは馬から研究員の手元に移って骨格図を映しているが、とにかく人間の手や足とは骨の数が違うらしい。手足の骨全体がシンプルな棒に見えた
 再び走る馬が映り、研究員の解説が続く。
「長く丈夫で軽い脚を強い筋肉で振ることで、ウマは速く走ることができるというわけです。この能力はウマが広くて隠れるところのない草原で生き延びてくる中で身に着けたものです」
 ただ動画の中の馬は、草原ではなく、ややこじんまりとした土の運動場を走っていた。周りは木で囲まれている。
 馬は研究員の前を通り過ぎて、柵に添えられた台の横で止まった。そこには他のスタッフ数人の姿があって、一人は馬にまたがり、再度馬を走らせ始めた。
 急に乗馬が始まって、私は少し面食らった。人をすんなり背中に乗せる木曽馬は、神経質だというサラブレッドと違って素直な性格をしているように見えた。
「この動物園ではヤマブキ号をはじめとする木曽馬が、ふれあい体験や乗馬体験などで活躍しています。木曽馬は古来から農業の手助けをしてきましたが、ここでは子供達が初めて大きな動物を知る機会を作ってくれています」
 私は馬に乗ったことがあっただろうか。あったとしても覚えていないくらい小さい頃のことだ。今の私に馬のことがよく分からないわけだ……。
「木曽馬は山間の畑で農作業をするのに都合がいいように改良されてきた、大人しくて扱いやすいウマです。ウマの中ではそれほど速く走れるほうではありません。一方……」
 画面は動物園のスタッフのカメラから、さっきまで飽きるほど見ていたサラブレッドの競う姿に変わる。
「皆さんも見慣れたサラブレッドは、力の強さや扱いやすさより、速く走ることを第一に生み出されたウマです」
 説明していたとおり、体はたくましく脚は長い。馬を見る目が身に着いてきた気がする。
「他にも様々なウマの品種があります。例えば、荷運びが専門のペルシュロン……」
 綺麗な名前の割にものすごくマッチョな馬の写真が出た。大きな蹄は、スピードよりパワー重視な証拠か。
 写真は次々に移り変わる。
「馬術が得意なアパルーサ、盲導馬として働くこともできるミニチュアホース、また木曽馬の他にも各地に在来馬がいます」
 ハードルを跳び越える白黒まだらの馬、盲導犬の代わりをしている小さな馬、流鏑馬に出る別の在来馬。ゆっくり見せてくれればどれが速く走れるのか分かりそうだが、動画は流れていく。
「ロバもウマの仲間ですし、世界には野生に戻ったウマや、元々野生のシマウマなどもいます」
 写真の背景は人里を離れていき、荒れ地にロバが、草原に馬が、サバンナにシマウマがたたずむ。
「これらは全て現代のウマですが、ここで主に研究しているのはずっと大昔のウマの仲間です」
 ここまでに映った馬の写真が全部並んで遠ざかっていく。
「では、ウマの仲間の歴史を、最初に現れた動物から順に見てみましょう……」

 画面は再び、スタッフが撮影した動画に戻った。
 さっきの研究員がまた柵の前に立っている。ただ、周りは薄暗い林だ。
 柵の向こうに子鹿がいて、かがんで池の水を飲んでいる。
 なぜ急に鹿が出てきたのだろう。
 と思ったら、横からもっと小さいのが現れて、子鹿だと思ったものに寄り添ったではないか。
 いくら小さくてもさらに子供がいるということは、これは子鹿ではない。顔や体付きは鹿に似ているが、首がやや短くて鹿っぽくはない。
「これがウマの仲間の歴史で特に最初のほうに出てきたもので、ヒラコテリウムといいます」
 やっぱり馬だという。
 しかし、肩が人の膝に届くか届かないかという小動物である。品種改良か何かをされたからといってこれが人を乗せる立派な馬になったりするだろうか。これに乗るのはなんか可哀想だ。
 馬と関係ある動物だとはまだとても信じられなかった。
「ヒラコテリウムが現れたのは五千万年ほど前、恐竜が絶滅してからしばらく経って、人類の仲間であるサルもようやくサルらしくなってきたところでした。どちらも長い時間をかけて今の地上にいる種類に至ったのです」
 ああ、自然に進化したということか。直接馬になったと早とちりしていた。
「ヒラコテリウムの時代には広い野原は少なく、ヒラコテリウムは森に隠れて身を守っていました」
 鹿っぽく見えるのは木の間にいるせいかもしれない。それに背中にもバンビのような白い水玉がある。
 カメラのアングルは小さな動物の手を覗き込むように動く。
「手は四本指、足は三本指です。現在のウマよりずっと指が多かったのです」
 池の岸についた手は、何か馬とは全然違っていた。
 と思ったら、小さな動物は子供を連れて跳ねていってしまった。走り方もまだ鹿っぽい。
 いや、何か違う。
 私はとっさに動画を一時停止した。
 小さなお尻の上で、ふさふさとした尻尾も跳ねているのだ。
 ポニーテールとはよくいったもので、こんな尻尾があるからにはこの動物が馬だと認めないわけにいかない。
 途中を飛ばす以外で動画を積極的に操作したのは、ほぼ一時間ぶりだったことに気付いた。私はこの動画をちゃんと見たいと思っているのか。
 私は馬の歴史の先に進むことにした。
「では、ヒラコテリウムから二千万年近く後のウマの仲間を見てみましょう」
 研究員がごく冷静にとんでもない時間を進めてくる。
 歩いた先はまだ林の中だった。
「三千万年ほど前のメソヒップスです」
 さっきのよりは少し大きく、スタイルもなんとなく足が長くて背中がぴしっとして、若干馬に近いように見えた。速く走れるようになりつつあるのだろうか。もちろん尻尾はふさふさしている。
 しかし、馬面というには短い顔。おちょぼ口で食べているのは、木の葉だ。
 くくり付けられた木の枝から葉っぱをつまみ取っている。牧草は食べさせないのだろうか。
「メソヒップスもヒラコテリウムと同じく森で暮らしていて、草よりも木の葉を食べていました。ただ、少しずつ草を食べるのに適した性質を身に着けつつあったようです」
 草と木の葉にそんな違いが?
「木の葉が食べられるなら草も食べられるだろうとお思いかもしれませんが、」
 疑問を見透かされていた。
「草のほうが食べるのが難しいのです。例えばお茶の葉は手で揉んでも大丈夫ですが、こういう……」
 研究員はすぐそこに生えていた大きな草をつまみ取った。
「草の硬い葉を揉んだら手が切れてしまいそうですよね」
 想像しただけで痛痒さに鳥肌が立った。
「イネ科の草の葉には硬い粒子が含まれていて、紙やすりのようになっているのです。そのため、イネ科の草を主食にする動物は粒子のせいで歯が削られても簡単にはなくならないようになっていなくてはいけないのです」
 馬ってそんなえげつないものを食べているのか。
 また足元がアップになった。
「メソヒップスは前足の指がヒラコテリウムより一つ少なく、中指の蹄が少し大きくなっています」
 三本指といっても、これが馬の蹄になるのは想像がつく。どうやって今の馬の足になるか見えてくる感じがする。
「もっと後のものを見てみましょう」
 研究員が道を行くと、あたりは林から開けたところに移り変わった。
 しっかりした柵の中には向こうのほうにだけ木が少し植えられていて、手前は細かい砂利の地面になっていた。広くて馬が走りやすいだろう。
 そのとおり、現にほぼ馬と呼んでよさそうな、明るい毛色の動物がトコトコと横切って、仲間に近付くのだった。
 最初に出てきた木曽馬と比べても小さいみたいだったが、ロバくらいだろうか。顔付きもロバに似ている。ともかく、鹿と見間違えることはもうないだろう。
「千五百万年ほど前の、メリキップスです。草原で暮らすようになった最初期のウマの仲間です」
 その動物の行く先には木でできた餌箱があって、すでに何頭もの仲間が首を突っ込んでいる。
 餌箱の中に詰められているのは、例のえげつない食べ物、牧草だった。
「メリキップスの奥歯は充分な高さがあって、草を主食にして暮らすことができる状態でした」
 そのことになんとなく頼もしさを感じる。
「メリキップスが現れた当時は、地球の環境が変化して湿った森林が減り、乾いた草原が増えた時代でした。そのため、新しい環境で暮らす生き物としてメリキップスのように草を主食にするものが現れたと考えられています。足のほうも……、ちょうど足跡がありますね」
 離れたところにいる馬の足の代わりに、柵のそばのぬかるみに残った足跡が映った。
「すでに中指の蹄が主に使われていて、他の小さな蹄は補助の役目になっています。固くて乾いた草原の地面に適応しているのです」
 馬らしい丸い足跡には、それとは別の引っかき傷が混ざっていた。まだ小さい指が残っているが、もうちょっとで馬の足そのものになるということだ。
 カメラは再び動物の群れを映す。
 仲間から口先でつつかれて、蹄でタンタンと地面を踏み鳴らして跳びはね、たてがみや尻尾を振り乱してみせる。
「メリキップスが現れた後、当園にはいないのですがヒッパリオンやプリオヒップスといった、さらに草原に適応したウマの仲間が現れます。それらの中から生き残ったものが、今のウマやシマウマ、ロバにつながっていくのです」
 動画を見る前には考えられなかったほど馬について理解できた気がする。
 しかし、馬の歴史については全部話してしまったらしいのに、動画の残り時間はまだ数分はあった。
「このように今のウマにつながる系統が、ウマの仲間が進化してきた主流であるように思われることが多いです。一方、当園で重点的に研究しているのは、メリキップスや今のウマとは別の流れにいたものです」
 研究員は再び柵から離れて歩き出し、カメラも同じ道の先を向く。
 明らかに馬が走り回るには狭くて暗い森の中に進んでいくのだった。
 馬の進化から離れていってしまうのではないか。ここまできて馬と関係ない動物のことを?
 またしても森の中に柵で囲まれた空間があって、その内側にもたくさんの木が生え、小川が流れている。
 木の幹が立ち並び、草や低木の葉が隙間を埋める。覗き込んだ研究員にも、少しの間そこに住むものが見付からないようだった。
「いました。小川が曲がっているところの向こう岸です」
 具体的に指示された位置が素早くアップになっていき、周囲の薄暗がりから、濃い色をした動物の姿がそっと浮かび上がる。
「これがここで最も重点的に研究しているウマの仲間の、アンキテリウムです」
 そこにいたのは、馬とは呼べそうにない華奢な動物だった。
 いや、さっき森にいた種類と同じくらいには馬らしく見えるのだが、ここまで動画を見ていなければ鹿か、別の動物と間違えるに違いなかった。
「当園の近くにある地層からもアンキテリウムの一種が発見されていて、ヒラマキウマと呼ばれています」
 体の模様は鹿とも馬とも違っていた。背中は焦げ茶色で足の途中に白い縞々……、
 なにか見覚えがある。
「ヒラマキウマを含めアンキテリウムは、草原のメリキップスと近い時代のものですが、このような森の中に生息していたと考えられています」
 どうして馬なのに狭い森から出なかったのだろう。
 しかし、そう、馬というより……何か……。
「ご覧になりやすいようにちょっと呼んでみましょう」
 アキ、アキ、と研究員は動物に声をかけた。アキという呼び名らしい。
 こちらを向いた「アキ」の白い頬を見て、既視感の正体を思い出した。オカピだ。
 子供の頃に動物園で見たオカピにかなりよく似た模様なのだ。
 もちろんオカピそのものとは色々違う。少し小さいし、角もない。そしてオカピはキリンの仲間だったはずだ。
 キリンはサバンナに、オカピは森にいる。馬とこの動物と同じ?
 って、よくオカピのことなんかそんなに覚えていたものだ。自分で自分の記憶が不思議に思えた。
 そうか、オカピが可愛かったからだ。
 全然知らない可愛い動物が急に出て来たから変な驚きかたをして、連れてきてくれた母親と一緒に大笑いしたことを覚えているのだった。
 「アキ」はすぐそこまでやってきて、研究員の手に持った枝から葉を摘み取っている……、
 こちらもなんともいえず可愛い。
 さっきまでただぼんやりと、多分こういうのを可愛いって言うんだろうな、程度に思っていたのとはわけが違う。動物は可愛いのだということを、オカピのことと一緒に思い出したのかもしれない。
 研究員は空いているほうの手でパネルを受け取り、カメラに向けた。
 根元から上に向かって枝分かれする木の形をした図だった。
「メリキップスのように草原で暮らすものが現れた時代を含め、ウマの仲間は今よりずっと多くの種類が生息していて、森にもたくさんのウマの仲間が暮らしていました」
 枝の一つひとつに細かい名前が書いてある。さっきのメリキップスというのや、今そこにいるアンキテリウムというのが太い字にしてある。
 どちらのいるほうにも、たくさんの枝がある……が、てっぺんまで残った枝は、一つだけ。
「現在草原で暮らしている馬は、エクウスというたった一つのグループに全て含まれてしまいます。たくさんいたウマの仲間で、運良く唯一生き残ったものなのです」
 オカピは生き残ったのに。
 サバンナのキリンとシマウマ、森のオカピとアンキテリウム。
「一見、現在のものを目指して真っ直ぐ進化してきたように見える生き物も、その歴史全体はその場その場で生き延びてきた複雑な道のりの積み重ねなのです」
 走るために生まれた精密機械。馬のことを表すそんな言葉から、「アキ」はほど遠い存在だった。
 「アキ」だけではないのでは。
 私は動画を一気に最初まで戻した。
「ユースクリーンをご覧の皆様、こんにちは。私はひらまきパークの研究員、小森です。こちらの馬は木曽馬という品種で……」
 思ったとおりだ。最初に上っ面で思っていたよりはるかに、木曽馬が可愛く思える。
 ……競馬の予想のために見始めたのだったっけ。
 でも、私にはもう競馬で勝負をするつもりがなかった。
 この動物達が頑張った結果を、関係ないはずの自分の勝負に結び付けて喜んだり悲しんだりする気がなかった。
 私は動画を流しているスマホをテーブルの上のマグカップに立てかけ、携帯ゲーム機を起動した。
 そして、競馬の予想で千春に負けたら渡すことになっていたアイテムを収納から取り出し、送付する準備をした。
 アイテムに添えるメッセージはこうだ。
「私達が競うのはいい。でも躍起になって争ったり、ましてや争いに動物を巻き込むのは、なんか違うと思った」
 伝わればいいのだが、単に私の不戦敗とみなされても惜しむことはするまい。
「……ひらまきパークにお越しの際だけでなく、ウマをお見かけの際に今回のお話を思い出していただければ幸いです。それではまたの機会に」
 ゲームのほうを操作しているうちに動画の二周目が終わっていた。

 次の動画が自動再生される。それは一時間前までだらだら見続けていた競馬の動画ではなく、同じ動物園の動画だった。
 山猫を大型犬くらい大きくしたようなものが太い枝の上ですやすや寝ている。
「ユースクリーンをご覧の皆様、こんにちは。私はひらまきパークの研究員、小森です」
 もう聞き慣れた声が、本人を映さないまま流れてきた。
「今回は、この広い意味でネコの仲間であるディニクティスという動物についてお話ししたいと思います」
 多分猛獣なのだが、今の私にはこれでも可愛く見える。
「ディニクティスは三千万年ほど前、前回の動画に出て来たウマの仲間のメソヒップスと同じ時代と地域に暮らしていました」
 メソヒップスも大して大きくなかったはずだ。ということは。
「ディニクティスはメソヒップスのようなあまり大きくない動物を捕えて食べていたようです」
 おお、なんと厳しい大自然。そんな出来事の積み重ねがさっき出て来た枝分かれの図なのか。
 荒々しい営みにも抵抗がなくなっていた。だって馬もそれに備えて隠れたり逃げたり頑張っていたのだし。
「今の猛獣と比べたとき、ディニクティスの大きな特徴は、牙がとても長いことです。それでは、その牙を実際に使っている様子を見てみましょう」
 場面はその猛獣の寝室らしきコンクリートの部屋に移った。部屋の中にも丸太を組んだものが建てられていて、猛獣はその上に寝そべっていた。
 手で薄いピンク色の塊を押さえている。蒸された丸鶏だ。
 猛獣が口を開けると、どこに隠していたのか、包丁のような長い牙が現れた。それは柔らかな皮にやすやすと突き刺さり、猛獣は夢中になって肉にかじりついた。
 木の葉を食べる歯、草を食べる歯……肉を食べる歯。
 猛獣の目の輝きが私にも分かる。
 窓の外では、西の空に金色の裂け目ができていた。
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