デニムスカイ特別編 第九話
「498 Tokio -Nagoya Attack-」
 左にネオン、右にワタルの編隊。
 ワタルが二対三ではどうなるか分からないと言った真意は、狙撃の後の展開に関わっている。
 連携した狙撃を行えば一機は倒せるとしても相手がまだ残っているなら、仮想弾がどちらから来たか察知される。そういう相手がこの場合、自分達と同数いる。
 二機のスケアクロウはやはり正確にこちらに向き直る。
 その途中でいきなり撃ってきた。
 二人は左にずれながら反撃。
 最初の一連射が二人の間を抜け、次の弾がネオンの左上を抑えにくる。
 切り返しつつも隊列は崩さない。
 さらに最適の角度で二撃目を撃ち込む。
 相手も自分達と同じように揺れ動き、反撃を重ねてくるのが見えた。
 スケアクロウの銃口から逸れようとすれば、その先を弾が通り抜け押し戻される。
 こちらもただではすまさず、揺れながら相手の嫌がる角度に撃ち込んでいく。
 四機の弾道と軌跡が両側から編み上げられていく。
 スケアクロウがログのデータベースに接続して最善手を割り出しているのであれば、ワタルとネオンが大量のログを読み解いてフリヴァーの動作を理解したのと近い能力を持っているとも考えられる。
 その証拠に、二人が対峙するときと同じく互いの意図と先読みが共鳴し始めていた。
 二人はどうしても近距離の持久戦を避けたく、スケアクロウはどうしても二人の連携を崩して個別に接近戦に持ち込みたい。
 相手に阻まれない程度にわずかずつ降下、加速する。
 その代わりに二人の間隔は徐々に押し広げられていた。
 両軍の弾が同時に止んだ。もう近すぎて正面からは狙えない。
 二人はスケアクロウの真下に抜ける。
 最終的には充分有利な速度を得たが、隊列の幅は倍にまで広がっていた。
 正面にはジラソーラの白い姿がある。
 さらにダイブ、ますます加速して下へ。
 ジラソーラを間に挟めばすぐに食らいつかれることはない。
 ネオンは初めて直接スケアクロウと対面するのでワタル以上に感覚がかき乱されるのだが、二人ともそれを嫌な感じだとは思っていなかった。
 今までと違う、面白い相手だ。
 動きを読むのに妙なコツがいるし、あちらはあちらで確実にこちらの動きについてくる。
 左右を入れ替えるようにターンした相手が、こちらを視認した。
 幅を広げられた二人はジラソーラの小翼の隙間から見付けやすくなっていたようだ。
 垣間見えた機影を手がかりに両側に膨らんで挟み込んでくる。
 スケアクロウは疲労することもないのだと思うと、繰り出される実に順当な手の連続には不安を誘われてしまう。
 その不安は恐ろしいものではない。同等の競争相手と巡り会えた証拠だ。
 ワタルは直進。
 ネオンは内側にずれる。
 左上、後ろ寄りから相手が迫る。
 ネオンに対し絶好の角度で滑り降り、
 もう撃つか、というところで、
 動作を鈍らせ後ずさり。
 ジラソーラの小翼から特に強い気流が吐き出されている位置を、ネオンは掴んでいたのだ。
 再び接近したそれは作戦を変更していた。
 ワタルとネオンの間に割り込んでくる。
 仲間がワタルに襲いかかるのを邪魔させまいとしている。
 ネオンも外側に回り込む。
 それを迎え撃ちワタルを助けるためだ。
 一機がワタルの背後に詰め寄るのが見える。
 もう一機はネオンを迎え撃つ準備万端だ。
 しかしそのとき、ネオンは空全体の位置関係から手がかりを掴み取った。
 それはワタルも同じであった。
 ワタルは横転、連射。
 ネオンの相手に命中し、
 直後、ワタルも弾を受ける。
 ワタルは、今再びスケアクロウに撃ち落とされてしまった。
 それでもそんなことはかまわなかった。ワタルは自分の負けではなく、自分達の勝ちを強く信じた。
 スケアクロウは意図を読み損ない、二対二の睨み合いは崩れ去った。
 横腹にネオンが食らいつく。
 相手は右に引き起こし、
 ズームアップ。
 太陽に向かって。
 赤い瞳を閃光が貫く。スケアクロウを覆い隠す。
 ネオンは急反転。
 とにかく逃げ出す、
 という風に見せかけた。
 正確に太陽の中心に向かえば大抵の相手は目が眩み追尾不能に陥る。そんなことはスケアクロウも当然知っているはずだ。
 ネオンも本来なら完全にスケアクロウを見失うところだった。
 自分達で誘い込んだのでなければ。
 うっすらと相手が見える。
 逃げたはずのネオンを追うつもりで、正面に躍り出る。
 発射、ブザー。

 再び降り立った発着場は、昨日の曲技飛行の後よりさらに何倍もの拍手と歓声に包まれていた。初めてここに来たときは役に立っていなかった紙吹雪や紙テープが晴れやかに宙を舞う。
 ネオンの胸中を吹き抜けるようなすがすがしい気分は、かつて何度も試合の後に味わってきた感覚そのものだった。人間のパイロットと競い合ったのと何も変わらない。
 機体を肩から下ろし、自然にこぼれた笑みをミルドレッドに向けた。
 ミルドレッドの呆然として開いていた口が、悔しそうに、また悲しそうに、噛みしめられていった。上着も真っ白からほのかに青みがかる。
 これも、今まで自分が打ち負かしてきたパイロット達と同じだ。直接機体を背負って操縦していなくても、自分達は確かにミルドレッドと戦っていたのだ。
 爽快なひとときをくれたことへの感謝を伝えようとネオンは歩み出た。
 が、ワタルのほうが先に前に出ていた。
「気になることがあるんだが」
 ミルドレッドの様子にかまわずワタルは問いかけた。
「前回と比べて特に強化されてないみたいだな。人間の肉体の限界を超えないようになってるのか」
 それはただ本当に気になったから聞いただけという、平坦な調子だった。
 それなのに、ミルドレッドの瞼からは急に大粒の涙がこぼれ落ちた。
 ますます歪んだ顔を俯かせ、灰色に変わった上着の肩を震わせている。
 その肩をそばにいたダニールがそっと支え、ミルドレッドに代わって答えた。
「強化はしたはずなのです。練習試合の後何もしなければきっと攻略されるだろうとヒムカイ選手の動きについて詳しく調べ、さらにおっしゃるとおり、人体の限界を少し超えるように設定したのですが」
「その部分は、取っちゃった」
 涙を拭きながらミルドレッドが言った。
「ミリィ、取ったって?」
「人間だったら、無理な部分」
「なぜそんな」
「曲技飛行を見たから?」
 ネオンが割り込んで尋ねると、ミルドレッドは泣き止まないままに顔を上げ頷いた。
「このままじゃ、二人にすごく失礼なことしちゃうって、思って」
 ダニールは、しばらく肩に手を置いたままミルドレッドを見下ろしていた。
 やがて両手をそっと離してミルドレッドの手を包み、かがみ込んで目を見つめた。
「これでよかったんだ。君は僕が気付けなかった正しいことをしたんだ。今度はちゃんと、本物を見て仕上げたんじゃないか」
 ミルドレッドはようやく泣き止み、うん、とだけ答えた。
「ミリィ」
 そう呼んだのは、ワタルだった。
 初めてワタルがミルドレッドの望むとおりの呼び方をした。
「負けたら作り直すんだっただろ。仕上げたとか言ってたからもう無効か?」
「そっ、そんなことない!まだまだ直したいよ!」
「人体の限界内で?」
「う、うん」
「そうか、楽しみにしてるぞ」
 ワタルが右手を差し出し、続けてネオンも左手を伸ばした。
「次は二人相手でも負けないから!」
 ミルドレッドは上着を明るい赤紫に変化させながらその手を取った。
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