デニムスカイ第五十一話
「Ultra Violet -Final Boss-」
 地上や各タワーの観戦者達は、一瞬静まり返った。
 ユカリの後方に現れた六芒星はネオンの放った弾によるもので、ネオンは完全に狙って見せたのだ。
 そのことはすぐに気付かれ、早速特大の歓声が沸き起こった。
 鬼塚に命中させた弾も、それで三位に押し上げられたことも、全て鏑木ネオンの実力であると皆理解し始めた。
 何割かの者はまだこれを競技の一幕ではなく余興であると思っていた。しかしとにかく、ネオンはユカリの胸を借りる立場にあるという見方は改められた。

 今の一撃でこちらの方角は察知されただろう。
 右ターン、渋谷と品川のタワーを外に見て回り込む。それにつられてスモークは流量を増し、銀河を思わせる弧を描く。
 まずはスピアゲイルやテレポーターのような、平面的な奇襲を狙う。
 加速、翼端が後方にすぼまる。
 軸をぶれさせないまま、スパンデュールは速度を一気に増す。
 操縦しているネオン自身にも不意なくらいさり気なく推力を発揮した。
 ユカリはごく薄い紫の光をまとっている。
 昼とは見え方が全く異なるが、問題はない。
 視界の中央に近付けていく。
 ユカリの横腹が見えて、
 直後退いた。
 右横転、頭上げ。
 フェイントを見抜く。
 流石に旋回だけではユカリの隙は突けない。
 勢いを殺さぬように。風切羽を今度はしなやかに広げて切り返す。
 ロビンブーストの舞いが脳裏に浮かぶ。
 ユカリは反転落下。
 レイヴンをはるかに凌ぐ加速。
 万能の名機と謳われたシルフィードの後継にふさわしい。
 巻き上がるスモークが行く手を阻む。
 一瞬視界を失った。
 すぐに立て直す。
 落ちながら急横転、
 止めるとユカリは頭上に。
 引き起こして真右に張り付き、
 急横転。
 ユカリも同時に。
 二つの光条が重なり合い、
 その瞬間、弾ける。
 模擬銃の後ろからも時折花火が出る仕掛けのようだ。
 激しい演出とは裏腹に、状況は動きにくくなったことをネオンは知った。
 再び同時に反転、交差。
 またしても閃光が噴き出す。
 が、スパンデュールの力を最大まで引き出した二人では差はつかない。
 それは当然そうだろう。ネオンは楽しいことのように思う。
 続けていれば遮光フィルターの弱いこちらが不利だ。
 仕掛けるしかない。
 完全に裏返り、
 落下。

 新宿のタワー。
 全員屋上から離れず、頭上に大きく映し出した立体映像を見ていた。こんな遠くから見ているよりはこの方が展開が把握しやすいためだ。
 ただワタルだけは、屋上の縁から直接二人の戦いを見つめていた。
 その傍らの日下氏は視線をワタルの方に向けている。
「初めてあの子が来たときはね」
 ワタルは黙ったまま聞いた。
「君の手助けができれば上出来だと、小さく見すぎていたのさ。冒険をする勇者は君で、あの子はそれを助けるお姫様だろうとね」
「それが逆だってことはすぐ分かっただろ」
 正面を向いたまま答える。
「ああ。君がすると思っていた冒険は彼女が成し遂げてしまった」
 今この下には大勢の観客がいる。
 後ろに集まっている面々と同じく、「見えない大会」の前にはなかった熱い視線を注いでいる。
「とは言え、君に届くほどの使い手が次々現れたりはしないようだが」
「しばらくは、いい」
 ワタルは視線をネオンに戻した。
 いつまででも安心して見ていられる橙色の光、まるで朝日そのものだ。

 再び距離が開いたが、ユカリは前方。
 薄紫のスモークが腹をかすめて流れる。
 ユカリは左ターン、
 スモークが噴き上がり花火が添えられる。
 視界がそれらに埋め尽くされる。
 かわしていてはユカリを追えない。
 連射、
 光線が走り、
 ユカリの真下で破裂。
 普段なら外さない距離だ。
 ユカリは右上に跳ねる。
 光の帯が太さを増す。
 予測が鈍っていく。
 下向きに撃つ。
 届く前にユカリは落ちる。
 続けてきつくバレルロール、
 一際華美な光が渦巻く。
 到底狙えそうにない。
 絶えず揺れ動くユカリの後方は、発光スモークと花火の地獄だ。
 好き放題に戯れるそれらにかき乱され、思うように狙うことができない。こちらの弾はユカリの周囲で乱れ咲くばかりだ。
 二色のリボンが絡み合い編み上げられ、七色の花に彩られる。
 この光の饗宴が続けば続くほど、次第に動作を見抜く精度も鈍っていく。
 焦燥を抑え食い下がるネオンの前で、
 ユカリが連射。
 訝る間もなく破裂した。
 当たる可能性がないため花火がすぐに弾けたのだ。
 気付いた頃には、大輪が眼前に立ちはだかっていた。
 予測が途切れる。
 ユカリを完全に見失う。
 せっかく得た力を奪われユカリに負けるのか。
 ワタルの見ている前で、
 ワタルなら超えられる所で。
 そう思った瞬間、
 視界が静まり返った。
 全てが急に動きを鈍らせる。
 再び視認できたユカリのスパンデュールだけが、その動作から不可思議な愛おしさを喚起させていた。
 あれこそが自分の追い求めて止まない「試合の相手」というものだ。
 左に横転し逆ループ気味のスナップロールで後ろに出る気だ。
 返せばこちらから狙える。
 捻り込んで落ちる。
 頭の中は完全に再整理され、取るべき道筋が捉えられた。
 ユカリは依然乱射を続け、茨の棘を増やしている。
 もう離しはしない。
 フリヴァーが好きで、絶対に捕まえたい。
 この姿を見てほしい。
 自分がどれだけ空が好きか。
 多くの人に、ワタルに、見ていてほしい。
 右上に跳ねる。
 この先読みが王手だ。
 ユカリが好い位置に出る。
 親指がなめらかにトリガーを押す
 稲妻の束がユカリのスモークの上を滑る。
 先端に達した瞬間、
 それは膨れ上がった。

 勢いのままに飛び込んでしまったが、機体にも身体にも変調をきたしていない。
 振り返ると、ユカリがいた位置に太陽と見紛うような薄橙の光球が浮かんでいた。徐々に広がって空間に溶けていく。
 ユカリは夜光装備の働きを止め、わずかに光りながら水平飛行している。
 ネオンの機体はまだスモークも止まっていない。
「おめでとう、ネオンちゃん」
 そう呼びかけられて我に返った。
 周囲には地上からネオンの勝利を祝福する花火が打ち上がり始めた。
 さらに円盤型の無人機がいくつも舞い上がって、煌めく花吹雪を振り撒いている。
 地上では歓声が上がっているのだろうか、きっとそうだろう。
 胸元のお守りはきちんとポケットに収まっている。
 帰る前に、もう少しだけ。
「アメジさん、この銃って撃ったらまだ出ますか!?」
「え?えっと、」
 ナドウのスタッフが割り込んだ。
「今そのように設定しました」
「ありがとうございます!」
 ネオンは出力を上げて右にバンク、舞台の中心と旋回の中心が合うように調整しながら加速した。
 スモークがまだきちんと出ているのも確認し、頭上げ。舞い散る燐片の中を駆け上がる。
 さらに上を向き、半径を狭めていく。螺旋を何周も巻き込んでいく。
 垂直になると同時にトリガーを押し込んだ。
 ネオンの描いたツリーの頂上に、特大の星がかかった。
 まさにその真下に、二位まで登りつめたネオンの姿があった。
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