Lv100第七十六話
「オロチ編その6 楢ノ木大学士の雷竜」
登場古生物解説(別窓)
 園長から渡された資料を両手で持ったまま、私は机に向かってその資料のタイトル部分を見つめていた。
 「四川恐竜中心マメンチサウルス調査」。園長と大林さんが調査してくれた、中国の施設「四川恐竜中心」で飼育されているマメンチサウルスについての資料である。
 データ自体はパソコンで見られるのだからペーパーレス化を進めておけばよい気もするが、園長も大林さんも印刷したものをくれることが多い。なるべく見やすいようにという気遣いだろうか。
 そもそも調査自体、二人とも私がマメンチサウルスのことを手薄にしてしまうのを知って、正当な作業分担だと言って進めてくれたのだが……。
 この調査はタンバティタニスの飼育環境を割り出すために行っているものだ。
 マメンチサウルスにだけ手が付けられないのは、やはり私の個人的な事情に他ならない。
 私の地元から国内で初めて発見された恐竜の骨化石、モシリュウ。マメンチサウルスに近縁であるとされ、幼い頃の私をマメンチサウルスそのものから借りた威容で惹き付けてきた。
 しかしある日突然、モシリュウはマメンチサウルスどころか何の竜脚類に近縁かも分からない断片に過ぎないことを突き付けられ、以来マメンチサウルスに突き放される悪夢を何度も見てきたのだった。
「楢崎さん、マメンチサウルスの資料どう?」
 園長が突然、あくまで明るく声をかけてきた。
「あっ、ええと、これからです」
「そっか。来週のオンライン見学、僕出れなくて一人になっちゃうけどよろしくね」
 そう、四川恐竜中心にもオンラインで見学するための充実した設備があり、案内してもらう予定がすでに立っている。
 資料にとどまらず、これまで見学してきたディプロドクスやティラノサウルスと同じくVRゴーグルでマメンチサウルスそのものを見てしまって、取り乱さずにいられるのだろうか。
 しかも、前の二回は両方とも大林さんが隣にいた。今回は大林さんがまだ福井で中型肉食恐竜を扱う研修を受けている最中だ。
「っていうか福井から大林さんにも接続してもらうのはどうかな。せっかくオンラインなんだし」
 園長の提案は恐ろしく魅力的だった。
 大林さんの明るさは確実に私を助けてくれるだろう。しかし、
「い、いえ。やめておきましょう。同じ施設にシオングアンロンがいると思ってそわそわしそうですし」
「ああー確かに」
 同じものを思い浮かべて園長が笑う。
 大林さんは研修に集中して、中型肉食恐竜の飼育技術をしっかり身に着け、将来満を持してシオングアンロンを迎え入れるべきなのだ。
 そして、竜脚類の担当者である私が自力でマメンチサウルスを見学しなくてはならない。
 オンライン見学をするというときに資料を見るのにためらっていても仕方がない。私は観念して表紙をめくった。

 それから、かたわらのスマホが大林さんからのメッセージで光り出すまで読み続けてしまった。
 時刻は午後三時前。
 届いたメッセージは、
「フクイラプトルがそのうち産卵するかも」「ついてる」
 とのこと。
 ついてるというのは、限られた研修期間で貴重な場面に立ち会えるかもしれないということだ。
「本当に産卵するのなら素晴らしいことです。しっかり見せてもらってください」
 と返信し、一息ついた。やはり大林さんをこちらの都合に付き合わせることはできない。
 果たして資料の完成度はかなり高いものであった。
 マメンチサウルスを見てもらう前に、私は二人と、初歩的かもしれない疑問があっても遠慮せず何でも聞くべきだと話していた。
 まさにそのとおりに実行してくれたようで、調査の記録はかなり細かい。もう少し詳しかったら読むだけでマメンチサウルスの飼育員になれそうだ。読むのがマメンチサウルスを恐れている私ではなかったらだが。
 とはいえ、これはあくまで他人が取った記録だ。
 信憑性が低いとは思わないが、あと少しのところで自分の中でまとまるに至らない。マメンチサウルスがいる施設のビジョンがまだ定まっていない。
 そのせいだろうか。マメンチサウルスの飼育の中で何か考慮されていないことがある気がする。
 一旦資料を置いてパソコンを操作し、複数の画像を表示した。
 エウロパサウルス、アマルガサウルス、ディプロドクス、そしてマメンチサウルスと、ルーフェンゴサウルスやプロバクトロサウルス等。これまで参考にしてきた竜脚類とその他の植物食恐竜を真横から見た画像だ。それにタンバティタニスの復元像も。
 ディプロドクスとアマルガサウルスは、タンバティタニスとやや遠縁だが頭の形や歯の生え方はかなり似ているようだ。エウロパサウルスはタンバティタニスと比較的近縁だが、体は小さく頭の形は独特だ。三つとも歯の形はタンバティタニスに割と似ている。
 これらはタンバティタニスと深い共通点がある。その情報を元にしていただけに、マメンチサウルスという離れた位置からの視点が合わさったことで理解が深まっているように思う。
 それだからこそ、何か足りないような気がする。裏が取れなければ……。
 急にマメンチサウルスと向き合ってしまって、ずっと息を止めて潜っていたような気分だった。
――違います。
 夢の中のマメンチサウルスの声だ。なぜか今聞こえてきた気がした。
 この後はエウロパサウルスのザックスの様子を見るはずだった。私のシフトではないのだが、ここ最近の調子からしてもいつ斃れるともしれないのだ。
 かといって、そこまでしていると原付を運転して帰る体力が残らなそうだった。
「すみません、今日はこの後定時で帰ろうと思います」
「もちろんいいよ。いつもお疲れ様」

 しかしそれが最後のチャンスだったのだ。

 翌朝。
 職場に向かう途中でスマホが振動したが、メッセージが見られたのは職員用駐車場に原付を停めてからだった。
「竜舎でザックスが亡くなっていました」

 全身を震えと悪寒が走った。
 そしてそれはすぐに止んだが、続くメッセージの内容は頭に入らなかった。唯一、遺体の今の在り処を除いて。
 私は事務所に顔を出すことも作業服に着替えることもせず竜舎の裏に走った。
 そこではすでに、クレーン付きのトラックがブルーシートに包まれた大きな塊を釣り上げていた。
 シートの間からしわのある灰色の楕円が覗いている。
 ザックスの左後ろ足の裏に間違いなかった。
 私はその場に膝をついてくずおれた。
 今日の朝に当番だったかたをはじめとする飼育員や、園長がこちらを見ていた。展示課や広報課のかたはトラックを囲んだままだ。
「私の責任です」
 何人か首を振ったが私は言葉を漏らし続けた。
「ザックスはまだ長生きできるかもしれませんでした。私がもっとこっちに時間を割いていれば……、マニュアルの内容をもっと改良していれば」
 そこでそっと肩を叩かれ、分厚い手が目の前に現れた。園長だった。
「誰のせいでもないよ。誰かのせいじゃあないよ」
 他の飼育員も小さくうなずいている。
 私はその手を取って立ち上がった。
 トラックは荷台にザックスを載せてゆっくりと進み始めた。これから医療研究課が荷台の上で解体し、時間をかけて解剖していくのだという。
 今はただザックスの生がそこで止まったという事実だけがそこにあり、私達の技術の良し悪しについてザックスは何も語らない。
「でも、大林さんがいてくれたらってちょっと思っちゃうね」
 園長が苦笑する。

 その日はザックスの検証や記録の整理などに終始して、他の作業は進まなかった。
 上の空では事故を起こしそうなのでいつも以上に安全運転をして帰り、コンビニ弁当を温めもせず開けようとした直後。
 スマホのランプが小刻みに点滅した。
 大林さんからの通話の着信である。
「あーあのー!あのねー!?」
 懐かしい元気な声が、今は慌てている。
「ザックスは大往生だと思うからー!ただ年取っただけだったからー!だからそのー、何かを直してたら何かの体調不良が治ってもっと長生きしてたとかそういうのないと思うからー!」
「短期的にはきっとそうだろうと思います。詳しい解剖結果を待つ必要があるとは思いますが」
「うん……、だからそのー、ナラちゃんがああすればよかったとかこうしなきゃよかったとか今思う必要ってなくってねー!?」
「大林さん」
 何を言うか考える前に名前が口から出た。
 大林さんから見たら自分がいない間にザックスが亡くなってしまって、私以上に困惑しているに違いないのだ。私は深く息を吸った。
「気遣ってくれてありがとうございます。大林さんも、何も気に病まずそちらのことに集中して大丈夫だと思いますよ」
「うん。うん」
「今は獣医の皆さんに任せましょう。……そういうことですよね?」
「……ありがと」
 今度は大林さんの深呼吸が聞こえた。
「それで園長も気ー遣って夕方まで私に知らせなかったんだ」
「そうだったんですね」
 やはり大林さんは研修に集中するべきなのだ。
「フクイラプトルが産卵するかもしれないということでしたけど」
「あ、そうなの。まだちょっとはっきりしないんだけど交尾したっぽいタイミングからそろそろ産みそうで、もう竜舎に巣も作ってるのね」
「土で?」
「うん。葉っぱとか枝は使ってない。見たことあるやつだとルーフェンゴサウルスのに似てるかな?っていうかあれか、オヴィラプトルか。あんな感じで丸くて中が凹んでるのを作ってて、でももう完成したみたいで」
「完成した巣に産卵するかもしれないんですね」
「そう!本人もすごいそわそわしてて、なかなか近付けないのね。で竜舎の観察窓もついたてで見えないようにしてあるの。水族館でたまに見るやつ」
 この勢い、この言葉数。大林さんが強い興味を持ってフクイラプトルを見ていることがうかがえる。
「電話くださって本当にありがとうございます。なんだか助かりました」
「こっちこそ、ありがと」

 思えば大林さんは水中の小さな生き物にもディプロドクスの放飼場に現れた鳥にも、強い好奇心を向けていた。
 私は今調べようとしているマメンチサウルスを課題としてのみ捉え、興味の対象にできていない状態だ。モシリュウが近縁ではないと分かるまではあんなに骨格を見つめていたのに。
 部屋に帰ってきて投げ出した鞄の中には、大林さんと園長の用意してくれた資料がある。これを作ったとき、大林さんはマメンチサウルスに興味を持っていたはずだ。
 興味を向けてこそ人類が古生物の命を左右する意義がある。
 大林さんが興味を持ったものとして見れば、もしかしたら。
 私はひとまずコンビニ弁当をレンジにかけた。

 翌日の私の頭の中には小さい大林さんが住んでいた。
 資料を読みながら、大林さんならこう言うだろうなと想像しながら読むのだ。今は大林さんのような好奇心を発揮するにはこうするくらいしかない。
「ほらここ!すごい!」「ここ気を付けないとやばい!」「エウロパと違う!」
 大林さんがまとめたものなせいか、本人の声が聞こえてくるような気がする。
 資料を読んでいるのかそういう遊びなのか分からなくなってくるが……、もしかしたら私にとってのマメンチサウルスのイメージを無理矢理変えられるかもしれない。
 ディプロドクスを見学したときは騒がしい人だと思ったが、今は賑やかな人でよかったと思う。
 しかし、どうも体力を妙に使うのがこの方法の欠点らしかった。
 そこに、広報課からメールが届いた。
 飼育員から見てもザックスが最後までどこか特定のところを悪くしている兆候がなかったかという確認だった。まさに私たち飼育員にも単純に老衰に見え、どこか悪くしていたとしても詳細な解剖の結果が出るまで分からないと返答した。
 ザックスのことを考えるのは気が重かったが、おかしな集中力を使っていたところだったので簡単な確認のメールを送るのは休憩になった。
 一息ついたところで事務所に園長が戻ってきた。
 気を抜いて園長を見るともなしに見ていると、こんな質問が口を突いて出た。
「園長、鳥羽竜についてどう思われますか?」
 そう、園長の地元は鳥羽竜と呼ばれる竜脚類が発見された鳥羽市で、発見当時はあれは飼えないだろうと横目で眺めるにとどまっていたと、以前語っていたのだ。
「ん?そうだなあ……。ちょっと大きすぎるし分からないことが多いから飼うものとは見れないけど、自分の地元に大きめの竜脚類がいたっていうのはやっぱり感慨深いよね」
 すっぱりと割り切った答え。
「分からないことが多くてもどかしいと思ったことは」
「それはあるよねえ。学名が付けばいいのにとか、せめて何に近縁か分かればとか」
 そう言いながら園長は苦笑する。まるで本当には気にしていないように。
「でもまあ、分かってる部分を面白がれればそれがありがたいかなって。だから、やっぱり鳥羽竜のことも好きだなあ」
 園長の苦笑は素直な微笑に変わった。
「突然すみません。ありがとうございます」
 自分でもなぜ聞こうと思ったのかよく分からなかった。
 マメンチサウルスの資料に戻ると、四川恐竜中心の中にある博物館の様子も記されていた。
 写真の中ではマメンチサウルスの骨格が一番目立っている。その長い首をハクチョウのようにもたげている……ちょっとありそうもないポーズをしている。
 マメンチサウルスだけでなく、マメンチサウルスを少し小さくしたような別の竜脚類や、シオングアンロンやフクイラプトルと比べてかなり大きな肉食恐竜の姿もある。
 また別の写真では、ルーフェンゴサウルスかその近縁らしき、腕の短い恐竜の骨格がずらずらと群れを成している。
 よくこれだけの骨格化石が見付かったものだ。篠山層群で見付かっているのは多くが歯だけである。よほど豊かで化石も残りやすい環境があったに違いない……。
 いや、しかし篠山層群も種類ではかなり。
 一度資料を伏せてパソコンを操作し、以前博物館で撮った写真のフォルダを開いた。
 タンバティタニス、骨格の三割ほど。
 何種類かの獣脚類や、鳥脚類、鎧竜などの歯。小型の角竜の歯が付いた顎の断片。恐竜の卵。
 複数種のトカゲの顎。小さな哺乳類ササヤマミロス、これも顎。たくさんのカエルの断片、そのうち全身揃っていて命名されているのが二種。
 大林さんがビオトープに住まわせていた、二枚貝、巻貝、カイエビ、カイミジンコ。何かの巣穴。針葉樹の葉、車軸藻類の胞子……。
 断片的なものも多いが、充分ひとつの世界を浮かび上がらせる。
 分かっている部分を面白がれればそれがありがたい。
 化石とはそもそもそういうものだった。
 ヒマラヤ山脈から海の貝が、シベリアから熱帯のゾウにそっくりの骨が、兵庫から様々な恐竜の歯が見付かる。自分の町から恐竜の骨が見付かる。それ自体に価値がある。
 古生物に関わっていながらなぜその感覚がなかったのだろう。生きて動いているものを当たり前に見ている自分の感覚がずれているのか。
 大林さんは自分のことを恐竜の魅力に騒いでいるだけだと言っていた。
 私はもっと魅力を見付けるべきなのではないか。
 そうすればマメンチサウルスだけでなく、モシリュウのことも。
 といっても今モシリュウのことにまで手を伸ばすのは個人的に過ぎる。まずはマメンチサウルスの発見された地層に当時の環境の手がかりがないか調べてみよう。タンバティタニスとの対比になるはずだ。

 一気に調べを進めて帰宅。
 そして迷いが生じる前に勢いでモシリュウのことも調べ切ってしまった。
 モシリュウをいっときマメンチサウルスとつないでしまったもの、それはひとえにタイミングだ。
 千九百七十八年、岩手県の茂師海岸で、大型動物の骨の化石が突然見付かった。それがモシリュウ、誰もそんなところから見付かると思っていなかった国内初の恐竜の骨化石である。
 岩手から東京の博物館に運んだところで、恐竜だと分かっても専門家はいない。インターネットももちろんなく、たくさんの論文を素早く見られるわけでもない。いったいどんな恐竜だったのか、地元の人も研究者も知りたくてたまらない。
 そこに居合わせたのが、恐竜展のためにやってきていたマメンチサウルスである。
 モシリュウの骨は上腕骨の断片。そしてモシリュウのシルエットは、奇しくもマメンチサウルスの上腕骨にとてもよく似ていた。当時の手法ではこれを重要な共通点と見なしてもおかしくない。
 そこでモシリュウを発表する論文ではかなり慎重に、当時マメンチサウルスも含んでしまっていたディプロドクス科らしく見えると記している。
 「モシリュウ」という呼び名が付いたのもマメンチサウルスの骨格が岩手の博物館に入ったのも、どんな恐竜か実感したいという地元の要請に応えるためだったようだ。
 適当な当てはめでマメンチサウルスが選ばれたというより、慣れない恐竜に四苦八苦していた先人なりの精一杯の対処と巡り合わせの結果だったのだ。
 初めて国内産の竜脚類を飼育するに当たって苦労している私が無下にできるものではない。
 それどころか、素直に面白がれてしまう。
 マメンチサウルスとのつながりが解かれたのも竜脚類全体の研究の進展にほかならない。なにしろマメンチサウルス自身がディプロドクス科から外されてしまったのだから。
 モシリュウはちゃんと少しずつ斜面を描いて進んでいたのに、私がそのうちたった二点で接してしまったので段差ができていただけだ。
 さて、モシリュウは海まで運ばれてきてから埋まった上腕骨の断片だけだが、まるっきり孤独な化石ではない。
 同じ地層からサンゴが出ている。海中の様子については諸説あるが陸上の様子のヒントとしてはサンゴがあるだけで充分、つまり、温暖な気候だったということだ。
 そしてモシリュウとともに海まで運ばれた、陸の植物の花粉や胞子。これは陸の環境を伝えるタイムカプセルだ。ほとんど針葉樹で一部シダがあるのは篠山層群とよく似ているが、ほんの少しだけ被子植物、花の咲く植物がある。
 ここまで来るとモシリュウもタンバティタニスとの環境の比較対象に加わってしまう。
 つまり、このように。
 タンバティタニスの発見された篠山層群は、山間の平野だった。かなり乾燥していて、恒常的な水場はないようだった。植物はほとんどが針葉樹だった。
 エウロパサウルスは当時小さな島の集まりだったヨーロッパに生息していた。真水は手に入りづらかっただろう。植物の証拠は針葉樹しかない。
 マメンチサウルスは、広大な盆地に生息していた。乾燥していたが恒常的な水場はあったようだ。針葉樹は多かったが他にもイチョウやシダなど色々な植物があった。
 モシリュウは、おそらく海に近い低地に生息していた。乾燥していたがモシリュウを海まで流すような川はあっただろう。多くの針葉樹と一部のシダ。篠山層群の植物との違いは、わずかに花があることだ。
 つながりつつ違う竜脚類の世界が見えてくる気がした。
 にも関わらず、だ。依然マメンチサウルスのことで何か引っかかる気がしていた。
 単に自分が知らないだけではなく、本当に四川恐竜中心のマメンチサウルスにとって欠けているものがあるのではないか。そんな気がしている。

 明け方、久しぶりにマメンチサウルスの夢を見た。
 今度は私の姿は最初から大人で、乾いた風の吹く荒野に立っていた。
 そして、生きたマメンチサウルスがすぐそこにいた。
 私は身構えたが、鱗の一つひとつが呼吸で動き、目の周りのしわの一つひとつがまばたきで伸び縮みするのが見える。
 こんな生々しい生き物には、「違います」などと喋り出すような現実離れした感じはない。ただ首をなだらかに持ち上げて、針葉樹の梢をつまんでいる。
 その姿が活き活きとして美しいと思う。
 すぐそばに湖がある。ジュラ紀後期の中国に潤いをもたらしていた湖である。オアシスのように緑に囲まれて、日の光に煌めいている。
 何もかも当たり前のようにここにある、自然な世界だ。
 湖から川が伸びて、はるか遠くの低地に続いている
 針葉樹はそこにもちらほらと生えているが、白い花の咲いた低木が一本だけある。とても遠いのに都合よく見えている。
 どうやらそこにも竜脚類が住んでいるようだ。ぼんやりと輪郭が浮かび上がって見える。
 それがモシリュウであるとは分かっているが、見えているにもかかわらず色や体型がはっきりしない。というか周囲の色を体に透かしているように見える。
 モシリュウなのだからそんな風に見えるのは当たり前か。私は平静に納得していた。
 その森のもっと向こうには海があって、島が散らばっている。そこにエウロパサウルスがいるのは分かっていた。あんな小さな島に生息しているなら体が小さいのは当然だ。
 エウロパサウルスの島での生き死にを想い、少しだけ涙が出た。
 振り向くと、山の間にサバンナが広がっていた。森よりもそちらのほうがずっとはっきりと見える。
 そのはずなのに、そこを闊歩しているタンバティタニスの色はモシリュウと同じく分からなかった。
 いや、分からないのではなく……、
 ピンクと褐色の縞模様だ。
 タンバティタニスがふざけてあのマスコットの物真似をしている。
「生き返ったの見れるんかなあ、見れたらええなあ」
 博物館で聞いた子供の声がする。

 目覚まし時計が鳴るより早く目が覚めた。
 意識せず目元をぬぐった。本当に涙が出ていたらしい。カーテンから透けるうっすらとした光の中で、ぼんやりと自分の指先を見た。
 針葉樹をつまんでいたあのマメンチサウルスの口先と比べればずいぶん小さいな、などと思う。
 そこでようやく理解した。
 この前からマメンチサウルスに足りないような気がしていたのが何だったのか。
 急いでスマホの動画サイト閲覧アプリを開き、ひらまきパークのルーフェンゴサウルスの食事を見る。
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