Lv100第三十五話
「トロル -理加とテツ-」
登場古生物解説(別窓)
 ゴッ。ゴッ。ゴッ。
 森に囲まれた広大な草原に、重く渇いた音が響く。
 ぶつかり合っているのは、このサファリパークで十頭も飼われている大型恐竜、パキリノサウルスの顔面だ。
 がっしりとした、それでいて短くはない四肢が踏ん張る。ゾウに迫る大きさになる巨体の体重を乗せて、頭部が突き出る。
 頭部は全体で人の背丈ほどにもなる。後ろにはいくつもの角で飾り立てられたフリルがそそり立ち、そして前方、クチバシの上から目の上にかけては、岩石と見まがうような分厚い塊となっている。
 間違いなく、国内で見られるうちで特に勇壮な恐竜のひとつだ。
 遠くからは褐色の塊に見えるパキリノサウルスの群れは、日当たりのいい斜面に集まり、多くは静かに草をはんでいる。
 そして二頭が、おいしい草でも取り合いになったか、鼻の上のパッドをぶつけ合って争っているのだ。
 やがて決着が付いたのか、丘の上に静寂が戻った。
 すっかり涼しくなった秋風の中、パキリノサウルスの群れは、白亜紀にもきっとこうだっただろうと思わせてくれる、生気に満ちた姿を見せている。
 全国の動物園でパキリノサウルスの飼育環境が見直されつつあるなか、ここは間違いなくパキリノサウルスにとって最高の環境を備えている。
 ただし、獣舎からずっとむこうに見える群れには十頭のうち九頭しかいない。
 一頭は、獣舎のすぐそばにいる。
 獣舎の掃除をしている私から、その様子がよく見える。
 群れがいるところと比べればあまり日当たりのよくない、居心地の悪そうなところだ。なのに、テツと名の付いたそのパキリノサウルスはいつもそのあたりにいる。
 そうするのには理由がある。
 テツも私も、他の動物園から移ってきてまだ二週間しか経っていないのだ。
「丹下ちゃーん」
 ここでは先輩に当たる飼育員の須田さんが声をかけてきた。まだ二週間とは思えないほど親しみがこもっている。
「テツまだ動かない?」
「そうですね。前にいた放飼場と同じくらいの広さしか動かないです」
「うーん、なるほど」
 ちょうど同性で年も近く、気さくに接してくれる須田さんがいてくれて助かっている。
 テツと私が前にいた動物園こそ、パキリノサウルスの飼育環境を見直した結果、飼育をあきらめた動物園のひとつである。
 パキリノサウルスは千体もの化石がまとまって発見されたこともあるという。ときに大群をなすこともある動物だったのだ。
 それをかえりみれば、狭い放飼場で一頭きりで飼っているべきではない。パキリノサウルスにはより適した環境で群れに加わって暮らしてもらおう。空いたところではもっと小さな動物を充実した環境で飼おう。
 そうした動きが起こり、このサファリパークには三頭のパキリノサウルスが移り住むことになった。
 テツはそのなかでも最も遅くここに来た一頭だ。飼育員まで一緒に移籍させられたのは私くらいだったが。
「まっ、こういうもんだから」
 須田さんはあくまで力の抜けた顔をしている。
「前に来た子らも群れに加わるには一ヶ月はかかったよ。しばらくすりゃ案外すんなりなじんじゃうから、特別心配なことはないかな」
「そうですか……」
 とは言っても、黙って見てはいられない。
「新しく入ったパキリノサウルスが群れになじむのって、何かきっかけはないんですか?」
 そう聞くと須田さんは少しだけ顎に手を当て、
「やっぱこれかな」
 両の拳を胸の前で打ち付けあった。
 顔面のパッドをぶつけ合う闘争。例えば餌の取り合い。
 今のところ餌を取り合うほど近付くこと自体がない。群れが獣舎に帰ってくる頃にはテツはとっくに中にいるし……。
 せっかく須田さんがくれたヒントだったが、活かせるアイディアはなかった。
 ここの環境はパキリノサウルスにとって最高のはずなのだ。しかしテツ自身がそれになじむことができなければ前の動物園にいるのと変わらない。
 私ができることは何だろうか。
「ねえ、そろそろさあ」
 須田さんが明るい声を出す。
「ここの他のところ見てみない?テツも落ち着いてるっちゃあ落ち着いてるし、ここのこと全然知らないままでも良くないっしょ」
 確かに、私はこのサファリパークでどんなものが見られるのかもよく知らなかった。ここの一員としてはもっとよく知りたい。
 それに、全体を見回せばテツが群れになじむのに必要なことが分かるかもしれない。
「案内ならまかせてよ」
「ありがとうございます。それじゃあ行きましょう」

 サファリパークといえばサファリバスだ。しかし私を連れる須田さんはバス乗り場を通り過ぎて、植え込みに囲まれた小径の入り口に進んだ。
「車道の横に歩道もあるからさ。肉食恐竜には近付けないけど、植物食のはゆっくり見れるよ」
「ああ、そのほうがいいです」
 入り口から見下ろすサファリゾーンは、私が前にいた動物園全体が収まりそうなほど広大な丘である。
 南北に長い繭形をしていて、そこかしこにプラタナスやモクレン、イチョウやメタセコイアの林があり、要所要所を仕切るように水場が備えられている。歩道の外側も木々で囲まれて、内側の放飼場と一体感がある。
 一部は堀と木立で仕切られて、恐竜の種類ごとに決められた住処になっている。
「一応時代順になってるんだけど、いきなりジュラ紀後期で始まっちゃうんだよね。ほらケラトサウルス」
 林を見下ろすと木々の合間に平たい岩盤が横たわり、その上に座っているものが見えた。
 緑と黒の縞模様、全長は六メートルになるだろうか。長々とした尻尾を横たえ、引き縮められた後ろ脚で体を支えている。小さな手を付いて少し持ち上げた胴体の先には大きな頭があり、三つの真っ赤な角が生えている。
 ジュラ紀後期の名ハンター、ケラトサウルス。いくつかの動物園で見られる大型肉食恐竜のひとつだ。
「木陰に隠れてないんですね」
 森の住人だったとされるケラトサウルスは、木の多いところで飼うと隠れてしまって見るのが大変になることが多いらしい。
「ああ、もうだいぶ涼しいからね。あの岩の中に電熱器があるから、あの上であったまりたいんだよ」
 なるほど、ケラトサウルスに居場所の選択を促しつつ、隠れがちなケラトサウルスを確実に見られるようにする工夫だ。
 坂になった道を降りると、いかにも恐竜というシルエットが待ち受けていた。
 長い首に柱のような四肢、樽のような胴体。超巨大恐竜ブラキオサウルス……、のミニチュアというべき、大きめの馬ほどのエウロパサウルスだ。三頭がそれぞれに歩いている。
 これなら牧場でも見られる種類だが、池や木々に囲まれてのびのびと暮らしているように見えた。
「しっかりジュラ紀らしい種類ですね」
「ファヤンゴサウルスもいるよ」
 背筋に沿ってずらりと並んだ、燃えるような色彩の棘。エウロパサウルスよりも小さいけれど勇ましく見える。周りにはイチョウが多く植えられていて、ケラトサウルスやエウロパサウルスとは地域が違うのが分かる。
「で、こっから先が白亜紀ね」
 続いて現れたものも棘だらけだが、さらに装甲板を備えた平たい体は頑丈そうに見えた。鎧竜のガストニアだ。
 よく見れば木々の幹にはシュロの繊維が巻かれている。そうしなければ脇腹や尻尾に並んだ刃で樹皮が切り裂かれてしまうに違いない。
 奥まったところにはオレンジ色の二足歩行のものが見えた。ほとんど前脚がないような不思議な姿をした肉食恐竜アウカサウルスだ。餌を探しているのか、林の中を通り過ぎていく。
 林が途切れ、草原が現れる。
「白亜紀末の北米に到着!」
 すでに二つの群れがそこから見えていた。
 一つは、大きなパラサウロロフスを三頭含む群れ。
 パラサウロロフスはどれも七メートルを超え、大きなものは十メートル近いだろう。青緑色をした、縦に幅広い胴体と尾が圧倒してくる。顔面からそそり立つトサカは優美な曲線を描く。
 その周りには、ずっと小さなものが二種類集まっていた。
 小さいといっても片方はダチョウほどもある。姿もダチョウによく似た、首と後ろ脚の長い恐竜ストルティオミムスだ。
 もう一方は腰ほどの高さしかないが、ストルティオミムスよりがっしりとした体型をしている。丸い石頭のステゴケラス。
 当時の生態系を表す、のどかでありつつもにぎやかな光景だった。
 なんといってもパラサウロロフスは国内で見られるなかでは最大級の恐竜だ。迫力の巨体が私と同じ地平にある。
 しかしそちらにばかり見とれてもいられない。
 もう一方の群れ、パキリノサウルス達を見なければ。
「向こうに行ってみましょう」
「うん」
 パキリノサウルスは丘の中腹、特に日当たりのいいところにいた。
 群れは九頭。そのうちの三頭は半分ほどの大きさの子供で、大人に守られるように内側にいる。
 パキリノサウルスやパラサウロロフスは現代の牧草にもだいぶ順応できる。皆下を向いて、食べやすそうな草を探してはクチバシでちぎり取って食べていた。
 今は特に闘争は起こっていないようだったが、子供達が大人の真似事をするように、まだほんの小さなパッドをコツンとぶつけ合っていた。
 武骨な巨獣達の過ごす穏やかな時間。
 涼やかな秋風、暖かい日の光を、私と須田さんとパキリノサウルスは共有していた。植物は当時と少し違うけれど、私達はともに白亜紀の楽園にいた。
 しばらく眺めていると、フリルの棘や額にある角が一頭ごとに違った形をしているのに気が付いた。
「見分け、つく?」
 須田さんが尋ねた。
「覚えればいけそうです」
「でしょ。それでこんなのがある」
 須田さんがお尻のポケットから取り出したのは、ハガキほどのカードを単語帳のように連ねたものだった。
 受け取って中身を見ると、パキリノサウルス達の正面顔がイラストに描かれていた。角の特徴も示されている。パラサウロロフスも横顔が載っていた。
 ほとんどのパキリノサウルスは「シリウス」、「プロキオン」、「デネブ」など、星の名前が付いている。よそから来た「清美」「ミト」そして「テツ」だけばらばらの名前だ。
「あげるよ。テツ以外も世話するんなら必要だからね」
「ありがとうございます」
 道はゲートの中に続く車道と、高台に続いて放飼場から離れていく階段に分岐した。
 最初のほうにあった個別のスペースにはパキリノサウルスと近い時代・地域の肉食恐竜はいなかった。つまりこの先に、
「ゴルゴサウルスがいるからね」
「ゴルゴサウルス!」
 私はつい叫んでしまった。
 階段を登る足取りもむしろ早くなる。
 国内で見られる最大のティラノサウルス類、見られる動物園もごく限られている特別な恐竜。それがゴルゴサウルスだ。
 放飼場の北西にある林のなかにぽっかりと空いた空間に、その美しいものが闊歩しているのが見えた。
 暗い青灰色の背中。口の先から尻尾の先まで、七メートル以上ある体は滑らかなラインを描く。首筋には固そうなたてがみが生えている。
 まだ若く、スマートな体型だ。長い尾と後ろ脚が目を引く。
 しかしやはりティラノサウルス類の最大の特徴、強大な顎だ。今はぴったり閉じているが、その内側に圧倒的な暴力、鋭い牙と甚大な筋肉を秘めていると思えば背筋が震える。小さく尖った角の下で目玉が爛々と光っている。
 その若い一頭がたたずんでいると思ったら、それは少しだけ体を起こした。
 もっと大柄なゴルゴサウルスが現れたのだ。
「大きいほうが年上のメスだよ」
 成長しきって隆々とした体つき、やや黒ずんで緑がかった体色。
 どちらが良いだろう。先にいた流麗な一頭、後から来た豪壮な一頭。どちらも素敵だ。
 二頭は顔を見合わせると、ぺこぺことおじぎをするような動きをし、それから鼻先をこすりあわせた。
 そしてそのまま、同じところで過ごすことにしたようだ。
 やがて高台の下にある車道にサファリバスがやって来た。ゴルゴサウルス達はそちらに近付いていく。
 屋根には子牛一頭分はある肉の塊が載っていた。肋骨や背骨が付いている。
「食用パラサウロロフスの肉」
 ゴルゴサウルス達は屋根に向かって首を伸ばし、バスにかぶりつくように肉を屋根から引きずり落とした。
「今度、バスからも見てみたいです」
「でしょ。ゴルゴサウルスいいっしょ?」
「はい!」
 ゴルゴサウルスはティラノサウルスの少し小さな仲間だが、アメリカではものすごく巨大な施設でティラノサウルスそのものが飼われている。その写真や映像は世界中に流通している。
 しかし私は、ティラノサウルスがどれだけ大きくて力強くても、優雅なゴルゴサウルスのほうが好みだった。ゴルゴサウルスのいるこのサファリパークに移籍してきたことを嬉しく思う。
 ゴルゴサウルスの観察台を過ぎると、サファリゾーン全体を見下ろす展望台に出た。
「これでウォーキングサファリはお終い」
 地平線まで続く草原と林、そこに息づく多くの素敵な恐竜達。
 雄大で、愛おしくて、ここで働くことになった私にとって誇らしい光景だった。
 しかし、やはりまだ良くないことがある。
 テツはこの眺めの中心ではなく、すぐ下にいる。この展望台の下が獣舎なのだ。
 こんな素晴らしいサファリゾーンに加われないなんて。向こうに見える群れに加わるのに、何か手だてはないものか……。
 私がすぐ下のテツばかり見ているのに、須田さんも気付いたようだ。
「ねえ、テツってどんなパキリノサウルスなの?」
 そう聞かれた。
 パキリノサウルス達の見分けがつくということは、飼っているうちに性格の違いも把握できるということだ。元からいるパキリノサウルス達はどんなパキリノサウルスなのか、須田さんは知っているのだろう。
 しかし、たった一頭きりで飼われていたテツに関しては、難しい質問だった。何しろ比較の対象がいない。
 強いて言えば、これだけ大きな恐竜にしては、
「大人しいほうだと思います」
「そっか」
 サファリゾーンを出ると牧場のような空間がある。
 パキリノサウルスより少し小さくてフリルが四角い角竜のカスモサウルスと、ストルティオミムスを大きくしたようなガリミムスがパドックの中をゆったり歩いていた。
「乗竜体験があるんだけど、どっちにする?」
「あっ、カスモサウルスで!」
 ついパキリノサウルスに近いほうを選んでしまった。

 その後、テツは次第に獣舎から離れたところにも出歩くようになっていったが、群れに加わるには至っていなかった。
 そして二週間が経って。
 朝、獣舎の隅で行われるミーティングで、須田さんは妙な格好をしていた。
 高く黒い三角の帽子、同じく黒いマント。先端に星の付いた棒も持っている。
「魔女ですか?」
「ハロウィンだからね、この格好でバスツアーの解説するよ。イ〜ッヒッヒッヒッヒ、つって」
 須田さんはそう言って笑う。スリムな須田さんには魔女の格好は割と似合っていた。
「そんで、丹下ちゃんはこれ」
 須田さんはオレンジ色のカボチャを抱え上げ、渡してきた。スイカほどの大きさがある。
「バスが停まるところに置く餌も、イモの代わりにカボチャをね」
 サファリバスからパキリノサウルスがよく見えるように、またパキリノサウルス達が餌を探して歩き回り運動するように、何ヶ所かある餌場に嗜好性の高い餌を置く。
 最近はトラックで放飼場に入って餌を置く役目も任されるようになっていた。
「今日の分は十個用意してあるから一頭に一個あるけど、本当に一個ずつ食べるとは限らないからね」
「分かりました」
 軽トラックは迷彩色で、お客さんから目立たないよう工夫されている。
 カボチャを積み込み、放飼場の林に隠された道を行く。
 すぐにバスツアーの車道から見渡せる広場に着いた。ここに餌を置けばパキリノサウルスの群れが皆ここに集まり、サファリバスからよく見える。
 十個のカボチャを荷台から下ろした後、私は気付いた。
 群れは今九頭。群れに加わっていないテツを含めることで、パキリノサウルスは十頭になる。
 そして須田さんはカボチャは一頭に一個と言っていた。
 一つはテツの分だ。
 そして、そのつもりで置いたカボチャをめぐってテツと他のパキリノサウルスの間で争い……、つまり、接触が起こるかもしれない。
 今ならテツがここまで来る可能性はある。そのときこそ、テツが群れに加わるチャンスではないか。
 私はカボチャを一つ拾うと、そこから獣舎の方角に走り、充分離れたと思ったところでそれを置いた。
 そしてその場が見える林にトラックを移動させ、トラックの中で様子を見ることにした。
 餌でもあるかと考えたストルティオミムスが窓を覗き込んだり、ステゴケラスが石頭を車体にこすりつけたりしてきたが、かまっている場合ではない。
 やがて、九頭の群れが南の斜面から九個のカボチャに近付いてきた。
 先頭の一頭、フリルの頂上にある角のカーブが一際強い「プロキオン」が立ち止まり、カボチャに向かってクチバシを開いた。
 大きなカボチャを一口でくわえ込み、たやすく砕いてしまう。
 続くパキリノサウルス達もどんどんカボチャを割ってはついばみ、噛みしめて味わった。
 まだ丸ごとのカボチャをかじれない子供は、大人が砕いてこぼしたのを拾っている。
 そして、額の三つの角が長く立派な若いオス、「シリウス」が、離して置いたカボチャに気付いたのと同時に。
 北東からテツが現れた。
 テツに差し向かって、やや小柄なシリウスのほうが尻込みをした。テツはカボチャに近付いていく。
 しかしシリウスにも元からここにいるパキリノサウルスとしての自信があるのだろう。再びカボチャに向かって、テツに向かって、歩み出した。
 ついに、テツとシリウスはカボチャを挟んで向かい合った。
 シリウスは下を向き、顔面のパッドを正面に向け、首を振った。自らの力を主張しているのだ。
 たった一頭で育ってきたテツにこの意味が伝わるだろうか。大丈夫、お前は相手より大きい、自信を持ちなさい。
 テツも首を振った。
 争いが成り立ったのだ。
 二頭はいかに己のパッドが分厚いか、いかに己のフリルや角が大きいか、いかに己の首や腕の筋肉がたくましいか、見せつけあっていた。
 実際にその姿を目にした私は、直接パッドを交えなくてもこれで上出来ではないかと思っていた。
 しかし次の瞬間。
 ゴッ。
 重い音が立った。
 ゴッ。ゴッ。二頭は三度ぶつかり合った。
 そして四度目はなかった。
 シリウスが退き、テツはその意味を理解したのだ。
 テツは戦利品をくわえ上げ、軽々と噛み砕いた。
 群れの向こうにある車道にはサファリバスが停まっている。須田さんの質問に今ならすっと答えられそうだ。テツは勇敢なパキリノサウルスだ。
 種まで残さずすっかりカボチャを平らげた後。
 テツはシリウスの後について群れのほうに歩み寄った。
 群れはただそこにたたずんでいた。
 皆がその場にいることに、誰一頭残らずなじんでいる。テツは戦いを通して他のパキリノサウルスとの関係を得たのだ。
 もうテツは、シリウスと、プロキオンと、デネブと、清美やミトと同じ、ここのパキリノサウルスの一員に見えた。
 テツ。ああ。よかった。テツ。
 テツへの思いが熱く高まっていき、そして落ち着いていくのが分かった。私にとってテツは特別な存在であり、テツだけがそうなのではもはやなくなっていた。
 もうテツ一頭だけの心配をしていなくてもいい。私はテツだけではなく、ここの最高のパキリノサウルス達の飼育員だ。
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