Lv100第十八話
「アプサラス -厘と逆転の庭-」
登場古生物解説(別窓)
 プロのガーデンデザイナーになってから二件の仕事をこなしたが、市からの要請でその次の仕事先として向かうことになったのは化石の研究所だった。昔からある小さな博物館の分館だ。
 収蔵庫の奥には水族館にあってもおかしくない背の高い水槽が立ち並び、見覚えのない植物が水に揺られて茂っている。最近の技術で甦らせたのだろう。
 植物?植物なのかな。植物には詳しいつもりだけど、茎だけ一メートルも真っ直ぐ伸ばして、てっぺんに一輪だけ大きな花がある、なんて水草や海藻は知らないな。色も全体がオレンジとか黄色とかで、緑の部分がない。
 花びらが羽毛みたいに枝分かれしてるのも、他にない特徴だ。花びらじゃなくて枝と葉かも。
「なるほど。この古代の水草を飾る施設を作るんですね」
「水草?」
 ここの研究者である、私の父親くらいの男性が、不思議そうな声を出した。
「水草、ですよね。普通の花壇みたいに綺麗に水槽をレイアウトしてほしいって聞いて来たんですけど。この、ウミユリ、でしたっけ」
「そうですそうです」
「水中の植物を見せる施設って珍しいですよね。私も貴重な経験をさせてもらえそうです」
「うん、いや、ウミユリは植物ではないんですよ。こう見えて動物の一種で」
「動物?」
 と聞いてどうしても犬とか猫を思い浮かべてしまうわけだが、もちろん目の前のものとは結び付かない。
 そこで、研究者さんの背後にいた私と同年代の女性が、何か見せてきているのに気付いた。
 白い星形のものを口の前に掲げている。ヒトデの干物だった。その裏にペンの先をあてがっている。
 その形は水槽の中の生き物に当てはまる。ヒトデが花で、ペンが茎か。私はウミユリの構造を理解すると同時に、
 小さい頃に見たヒトデの裏側を思い出した。
 この水槽の中身全部それか。
「あっ、急に気持ち悪いものに見えてきたっ!すいません、ちょっと外の空気吸ってきます!」

 研究所の外に都合良くベンチがあった。周りは吹きさらしの芝生で寂しい。
 職場放棄。敵前逃亡。
 そんな単語が頭をよぎりはしたが、むしろ素直に引き受けないのが正解だろう。
 水中の生き物を飾るのになんでガーデンデザイナーが駆り出されるのか。
 とにかく落ち着いてから断りに戻ろう。
 そう思ったが、研究所から誰か出てくるのが先だった。さっきヒトデを見せてきた女性だ。
 さして長くはない髪をさらにまとめているのは少女じみて見えるが、顔付きは落ち着いている。飾り気のない作業着は水槽の世話をしやすいようにか。
 私がもらったのと同じ計画書を読みながら近付いてくる。
「金生山(きんしょうざん)で多くの化石が産出する棘皮動物であるウミユリの研究が、近年の技術発達により大幅な発展を遂げたことと合わせ、博物館設立五十周年を記念して改めて市民がウミユリに親しむことができる施設の設立を計画する、と」
 彼女は資料を下ろし、その淡白な表情を見せた。
「棘皮動物とは書いてありますけど」
「それは……、よく意味が分からなかったので」
「でしょうね。他に何の説明もないですし」
 ぴくりとも顔色を崩さずに彼女はうなづく。
「市役所の人の単純な思い付きですね、これは。花に似ている生き物を展示する施設だから、花の専門家に作らせよう、と」
「でも、花では」
「花ではないです。扱い方に花と同じところはないです」
 それを聞いて私は大きくため息をついた。
「水中のものでも植物だと思ったから引き受けたんですよ……」
「なるほど、これでは何もかもご専門とは異なると」
「私がこの計画でできることはないみたいです」
 私はベンチから立ち上がり、きちんと断るために研究所に戻ろうとした。
 しかし、彼女は私に向かって真っ直ぐ手を伸ばしてきた。引き留めようとしているのか。
「必ずしも正式にお辞めになる必要はありませんよ」
 私は足を止め、どういうことか続きを聞くことにした。
「梅崎厘さんでしたね」
「はい」
「梅崎さんがお辞めになっても他のデザイナーのかたが新しく呼ばれるだけでしょう。同業者が一度断った仕事、となれば、やる気のあるかたが引き受けるでしょうね。梅崎さんと同じく、ウミユリのことを知らないにも関わらず、です」
 やる気、と聞いて、胸の奥がわずかにきしんだ。
「そこでです」
 彼女の口元にはうっすらと微笑が浮かんでいる。
「実際の作業はほとんど私が行います。梅崎さんは後半に手直しして、名前を貸していただくだけでけっこうです」
 私は、何か笑えない。
「私は自分の理想の職場を作ることができますし、梅崎さんは形だけでも市からの要請に応えることができます。私が作業している間に他のお仕事をこなしてもかまいませんよ。どうでしょう、いい案だと」
「思いません」
 考えることなしに返答していた。
「私の作品は私の力で作ります!」
「では、引き受けられますか?」
「それは……」
 引き受けなかったらさっき彼女が言ったとおりのことになるだけだろう。私の後釜になった誰かが専門外の半端な仕事をするだけだ。
 では彼女が自身の名義で作るか。彼女にも施設に対して自分の考えがあるようだが。いや、
「あ、あなたが私を手伝えばいいじゃないですか!」
「ほう」
「だって、専門家なんでしょう!?私の足りない知識を補ってくれたっていいじゃないですか!」
「では、先程私が言ったのとは逆に、梅崎さんの案を私が直す、と」
「そ、そうです!」
 そう言い切って荒い息をついてやっと、私はこの話をなぜか引き受けてしまっていることに気付いた。
 彼女はというと、今度ははっきりと笑っていた。
「それがベストだと最初から思っていました。すんなり引き受けていただけそうになかったので少しお気に障る言い方をしてしまい、すみません」
 そして頭を下げた後、持っていた資料を再び開いてこちらに見せた。
 小さな美術館の、私が作った庭の写真が載っている。
「私にはこのように景色を作り上げる技術はありません。ウミユリが魅力的に見える施設を、よろしくお願いします」
「あ、はい。えっと」
 私は彼女の名札を見た。
「五十嵐さん。よろしくお願いします」

 引き受けて、さてそれからである。
 次の日、私は五十嵐さんと一緒に研究所の水槽部屋にいた。当然のことだがウミユリは私がヒトデの仲間だと理解する前と同じ姿をしている。急に生々しくなったりしない。
「――つまり、ここで飼育しているウミユリのように健康を保っていれば、水流に反応して腕を綺麗な円盤状に広げるわけです。これは展示する上で重要ではないかと思います」
 五十嵐さんからレクチャーを受けている最中だが、私は具体的な難題が水槽の中にあることに気付いた。
「五十嵐さん、あの」
「何でしょうか」
「これ、これ」
 大半のウミユリは水底の小石に根で掴まって立っているが、ある一輪は茎を曲げて横たわっていた。花びら、もとい腕もしおれたようにすぼまっている。
「なんか、枯れちゃってません?」
「ああ、ご心配なく。少し休んでいるだけです」
「休む?」
 五十嵐さんは平然と続けた。
「動物ですから、休むこともあります。餌がないとき、逆に満腹のとき、何らかのストレスを受けたときなど、このような姿勢を取ります」
 そんなにしょっちゅう倒れるのか。
「戻るんですよね?」
「ええ、死んだわけではありませんし、また餌を取るときなどに立ち上がります。しかし、横たわった姿勢も自然なものですから、またいずれこうなることもあります」
 展示している間にいくつも倒れていたら目も当てられない。
「なんとか立ったままにしておけないですか」
「調整すれば倒れる頻度を下げることはできますが、絶対倒れないということはありません。倒れるのをできるだけ防いだ上で、いくつか倒れていてもおかしく見えないようにするのはどうでしょうか」
 地上の花壇を作る方法は役に立たないのか。
「専門知識がないって、こういうことなんですね」
「やりようはあると思います。まずは、並べるべきウミユリの種類を見ていきましょう。並べる方法はそれからです」
 種類とはいっても、今目の届く水槽にいるのはどれも小さめのヒマワリに似た形をしていた。
「全部同じ種類じゃないんですか?色の違い?」
「この辺りの水槽にいるのは全て同じ種類で、この山で見つかる種類のうち小さいものです。これをメインに展示していただきますが、他の種類も奥の水槽にいます」
「じゃあ、そっちを」

 かといってほとんど初めて見る生き物の見分けがつくはずもなく、知識不足を痛感するばかりだった。
 ただし一種類、誰も見間違えようがないものが一番奥にたたずんでいたことを除いて。

 二日と経たずに研究所に私の机が置かれた。花の資料はほとんど使えないから、パソコンの他には庭や温室の作例集を少し置いただけだった。
 そこに五十嵐さんが、一般書から博物館の冊子、専門的な論文まで、ウミユリや化石の資料をどっさりと追加した。さらに本物の化石まで。
 中でも私の目を引いたのは、国内外の水族館の写真集だった。
「ウミユリって、もう水族館にいるんですね」
「はい。しかし多くは演出のための背景のような扱いです」
「背景?」
「来館者はウミユリを視界に入れても生き物だと認識して注目することはありません。しかし梅崎さんに作っていただきたいのは、ウミユリが主役の水槽です。一般の方々がウミユリが主役だと認識できる水槽です」
 部屋の奥であれを見た後の私には、それができると思えた。

 種類ごとの違いを把握するにはスケッチが有効だった。ウミユリを目で見るだけでなく絵に表せば、見えていたはずの形がどんなものかはっきりさせることができる。
 五十嵐さんが世話や実験をする様子も描いてメモした。花には花の、ウミユリにはウミユリの性質があった。
 スケッチの束の厚さが借りた資料の三分の一になった頃、施設全体の検討に移った。
 水族館にも実際に行ってみた。ウミユリが脇役だからといって参考にならないと落胆する必要はない。本当にまだ世の中にないものを作っていると確認しつつ、何の水槽であろうとレイアウトを読み解いて参考にしてやればいいのだ。
 五十嵐さんも、横で説明してくれるし。
 私のパソコンの中で3DCGソフトの描く水槽が固まっていった。

 研究所で過ごす時間が長くなっていった。建築デザイナーの人や施工業者の人ともたくさん相談した。
 机に突っ伏して朝を迎えたことがあった。目を覚ますと五十嵐さんの作業着が背中にかかっていた。

 引き受けてから四年後。
 あの研究所の本館である博物館の敷地が拡張されて、五角形の平たい建物が建ってから一年が過ぎた。
 本館は手を加えられていない。展示室内は薄暗く、化石と一緒に小さな水槽も壁に埋め込まれていて、中には大きな貝などが暮らしている。ウミユリの化石も展示してある。
 順路は分岐して、片方が明るいガラス扉に続く。
 その先が、私の作った庭だ。
 暗がりに慣れた目をオレンジの光がくすぐる。
 目の前には、日の光に照らされた海が広がっている。
 水の中は青くは見えない。南国の砂浜そっくりに作った水槽いっぱいに、金生山のウミユリの小型種が生い茂っているのだ。
 水槽は左右二つに分かれていて、その間を緩く左に曲がったスロープが通っている。そこに踏み込むと周りは全て海の中だ。
 進むにつれて次第に深く潜っていき、ウミユリの数も増えていく。
 正面に見える右の水槽では、立っているウミユリは皆こちらを向いている。左の水槽では逆の向き。それぞれ一定の向きに保たれた水流によるものだ。
 さざ波に揺れる光がウミユリの繊細な腕や茎で躍り、燃えるような色の波が静かに行き交う。
 五十嵐さんが貸してくれた本の挿し絵によく似た光景がここにある。ウミユリの楽園だった時代の、浅瀬の中に広がる原野だ。
 本の挿し絵と違うのは、ウミユリが腕をすぼめた化石のままのポーズではなく、繊細な羽根のような腕を堂々と丸く広げてみせてくれることだ。今の自然界でも深海にはこういうウミユリの群れがあるらしい。
 なるべく自然に見えるように、ウミユリが根を下ろす土台になる珊瑚の小石はきちんと並べずにばら撒いた。整った花園というより、野性の発揮される群生地の趣を出した。
 これなら少しくらい倒れていたって、手入れの行き届いていない花壇のうら淋しさはない。また、五十嵐さんが餌の量を調節することで一輪ずつの横たわって過ごす時間は抑えられている。
 小さな女の子とその母親が、少し早足で私を追い抜きながら言葉を交わしていた。
「うみのおはなばたけー!」
「広いねえ!」
「ひろい!」
 こじんまりとした建物なのに広大な野原が広がっているように見える。そのように設計したからだ。
 よく見ればウミユリは手前にはまばらに、奥ではもっとたくさん群れている。珊瑚の土台を、手前からは間引いてあるのだ。
 水流の調整もかなり必要だったが、ランダムな並びと相まって遠近感が倍増する。
 さらに一番奥の壁は鏡張りだ。ウミユリ畑は際限ない広大さがあるように見える。
 通路はS字カーブにさしかかると太くなり、ちょっとした広場になる。そこにはベンチが置かれ、高さの違う円柱が集まったものが二つある。
 一方は陸のユリを中心とした花壇。もう一方は、大水槽にいるのと同じウミユリを中心とした水槽群だ。下から上に水が流れているので、顔は上を向いている。
 そのウミユリを囲む水槽は低くて蓋がなく、近い仲間である現在のウニやヒトデを触れるようになっている。
 ちょうどさっきの親子が、この展示の意図を読み取ったところだ。
「ねえ、このお花生き物なんだって!これみんな生きてるんだよ!」
「ええー!」
 陸のお花も生きてるよ!大事にしてね!と言いたくなるがそれはいいとして。
 お婆さんに連れられた男の子が、大水槽のそばにじっとしゃがんでいた。
「砂利が動いてる」
「貝だよ。貝が動いてるんだよ」
 そう言われても男の子は納得しない様子だった。
 確かにそこには貝がいる。握り拳ほどもあるベレロフォンという貝で、ウミユリの餌が流れてきて食べ残されたのを掃除している。
 しかしその下の砂利にも動くものが混じっているのだ。ヒマワリの種そっくりの生き物、パラフズリナ。星の砂の親戚で、三億年前の砂浜は大量に増えたこれの抜け殻で出来ていたという。いつか水槽の中もそうなるだろう。
 ウミユリの足元にいくつか、大きさも形もアイスのコーンそっくりのものが立っている。これもスカチネラという生き物で、ウミユリと一緒に海底に生えていたものだ。ぴったりと殻に閉じこもっているから、生きているのかどうかもよく分からないが……。
 斜めになったウミユリが一輪あった。ごくゆっくりと立ち上がり、腕を広げて食事を始めるところだ。
 花が餌を取っては寝っ転がったり、砂利がこっそりと揺れたり増えたりする。動かないものも実は生きている。
 だからこの建物の名前は、「逆転の庭」。
 鮮やかなオレンジや黄色で、縞があったりなかったりと、花としては見た目が強いほうだ。進むにつれてちょっと目が疲れるような気がしてきた頃、ちょうど水深が深く、光が暗くなる。
 大水槽のウミユリ達は最初のほうと比べてだいぶ背が高く、二メートル近いものが現れてきた。明るい部分とは透明な壁で仕切られていて、薄い紫や白い色をした別の種類も入っている。
 さらに広がった道には雛壇になった水槽や、床から天井まで続く円柱の水槽が陣取っている。
 三段に分かれて別々に水流が管理された雛壇には、海外の化石ウミユリがそれぞれに咲き誇っている。金生山のものより古い種類だが、金生山のものが大きなヒマワリだとしたら雛壇にいるものはコスモスのように可愛らしい。
 一番目に高い段には、例えば棘々したアザミそっくりの本体をしたジンバクリヌス、見事な螺旋の茎を持つエウクラドクリヌス。
 その次には、真ん中から雌しべのような突起を生やしたマクロクリヌスに、太い腕がたくましいスキタロクリヌスなど。
 そして下から見上げてくるのは、腕をまっすぐ広げたアガリコクリヌスや、細かく枝分かれした腕のレース模様が美しいケストクリヌス達。
 では高い円柱にいるのはというと、逆に見下ろさないと本体が見えない。根の代わりに浮き袋で水面からぶら下がっているスキフォクリニテスだ。
 違いが分かってくると今度はどうしてもそれを生かしたくなって、なんとかきちんと並べようとしてこの水槽を考えた。水流の調整もすごく難しかったし、ウミユリが横たわるくらいの余裕が必要なのは許容しないといけない。
 一つひとつ様子を見ていると、暗がりに隠された通用口から、見覚えのある影が現れた。
 前の作業服よりは見栄えのいい制服を来た五十嵐さんだ。
「久しぶり」
「お久しぶりです」
 五十嵐さんは私の隣に並んで雛壇を見た。
「どうですか、この水槽の評判は」
「掃除しづらいです」
 あっさりとした返事。
「それは評判じゃなくて五十嵐さんの都合でしょ!作るときに分かってたじゃないですか……」
「実際に何度もやってみるとやはり気になります」
 言い返す前にさっきの親子が追いついてきて、五十嵐さんが丁寧に頭を下げた。
 母親は女の子を抱え上げて、水槽の上から下まで見えるようにした。
「ほら、いろんなのがいるよ」
 また展示の意図を読み取ってくれた。
「このように狙いどおりの展示効果が出ていますから、設計は成功ですよ」
 五十嵐さんが私にそっと囁いた。
 雛壇と円柱の間を通り抜けるとそこで通路は終わって、五角形の広場に辿り着く。
 高い天井から再び明るい光が降り注ぐ。
 周りの水槽は床が傾斜していて、大水槽にもいた金生山のウミユリが立体的に群れている。黄色、オレンジ、白、紫。自然なばらつき。
 中心にある、直径五メートルの特大の五角柱水槽にそそり立つのが、研究所の奥で初めて見た私にもすぐに見分けられたものだ。
 高さ六メートルの巨大ウミユリ。
 金生山で太い茎の化石だけが見つかるものの、再生されるまで全体像が掴めなかったという。
 下からの流れを受け止めようと、数十センチある腕や、腕から生えた羽枝を水平に広げる。ここまでいくと花というよりヤシの木によく似て見えるが、レモン色をしていて日光の中で柔らかく映える。
 その足元には巨大ウミユリの邪魔にならない程度に小型種がいる。
 私と五十嵐さんは目立たないように置かれた自動販売機でお茶を買い、五角柱水槽を囲むベンチに腰を下ろした。飲食は禁止していない。
 ここでお弁当を食べているお客さんの姿まである。
「ウミユリに親しむというコンセプトのとおりになっていますよ」
「ええ」
 計算し尽くされた配置とはいかないが、ウミユリの姿をのんびりとした雰囲気に馴染ませることができた。それも、お客さんがウミユリのことを花ではないと知った上でだ。
「ありがとうございます」
 五十嵐さんがつぶやいた。
「私の見たかったものがここには実現しています。ウミユリでいっぱいの海底も、ウミユリのことをよく見て楽しんでくれる見学者さんも」
 それは、私の見たいものにもなっていたようだ。
「ここの後にいくつか普通の庭も作ったんですけど、次に頼まれたお仕事が……」
「何でしょう」
「水族館なんです。盛岡の。別にお花と関係ない」
 五十嵐さんが珍しくくすりと笑った。
「こ、今度こそ本当に何も分からないですよ?」
「良い事ではないですか。この施設を評価してくれるからこそ遠くの水族館から頼むんでしょうから」
 そのことは、まあ悪い気はしない。
「岩手からは白亜紀のウミユリ化石が発掘されています」
「あ、それで」
 ウミユリ展示の専門家だと思われているのだろうか。
「確かここのものと違って移動能力があったはずですが」
「い、移動?」
 そういえば資料の中にそういう種類も出て来たが、ますます陸の花と違う。が、
「まあ、なんとかしますよ」
 この庭で私も逆転してしまったみたいだ。
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