Lv100第一話
「ジャバウォック -アンナとハリー-」
登場古生物解説(別窓)
 よく晴れたいいお天気の土曜日。ハリーとのお散歩がすごく楽しみで、朝寝坊なんてできなかった。
 ベッドから跳び起きたらすぐに着替えて、階段を駆け降りてテーブルについて、足音が大きいってお母さんに叱られながらトーストをミルクで流し込む。
 私の自慢のペット、すごくかっこよくて、実はかしこくって、意外とおくびょうなハリーは、いつも通り大きな体をお庭に寝そべらせている。
 犬?猫?ううん、そんな普通の生き物じゃないよ。
 お洗濯物の下で眠るハリーは、口がにっこり笑っているみたいな形で気持ちよさそう。元々森の動物だから、そういう場所が落ち着くんだって。
 もしかしてトラとか、オオカミじゃないかって?ううん、そういう動物を飼ってるお金持ちの人もいるけど……、もっと特別な生き物。
 スイカそっくりの色したまだらの体。大きな頭の上に生えた小さな三本の角が真っ赤だから、ますますスイカみたい。腕は私のと同じくらいだけど、縮めた脚は長い上にすごい筋肉。その後ろにはもっと長い尻尾。背筋は砂利みたいなうろこでごつごつ。
 ハリーはね……、
 肉食恐竜、ケラトサウルス。
「ハリー!起きて!散歩だよー!散歩しなきゃご飯抜きだよー!」
 上から見ると左右にうすくてぺたんこの頭をゆすると、角の後ろの小さな目がぱちっと開いた。塀の上で丸まっていた、裏の志村さんちのタマが向こうに飛び降りる。
 ハリーは四本指の手をついて、体を持ち上げる。手には鋭い鉤爪がついてるけど全然危なくない。私が小さい頃に顔を引っ掻かれた、タマの爪のほうがずっと危ないよ。女の子の顔に傷をつけるなんてさ。
 お洗濯物を引っ掛けないように気をつけながら、ハリーは頭を上げて大きなあくび。
 ケラトサウルスの牙はすごく長いけど、あくびしても唇に隠れて先っぽしか見えない。タマがあくびすると牙が根元まで丸見えになるけど。
 志村さんちのおばあさんが、ハリーのことで苦情を言いにきたことがある。「庭で怪獣を飼うなんて、うちのタマが食べられでもしたらどうするんですか!」って。
 でも、ハリーは人の家の猫を食べるような悪い子じゃないもん。毎日きちんと、お肉とお魚を十分食べて、あとちょっとだけビタミン剤も飲んで、つまみ食いなんて絶対しない。それに、ハリーは恐竜!実在しない怪獣と一緒にしないでよ!
 後ろ脚を伸ばして立ち上がると、首から尻尾まで水平に浮いて、口が私の顔くらいの高さにくる。まだ若いから、もう少し大きくなる。そうなったら、お父さんの働いている動物園に帰っちゃうんだけど……。
 鼻の上にある角と目の前にある角の間にベルトを引っ掛けて、あごの下で止めて首輪とつなぐ。
「ごめんね」
 口を開かないようにしないと、外に出しちゃいけないことになっている。でも、ホントはこんなの必要ない。かしこくって慎重で、ちょっと頼りないくらいなんだから。
 さっきみたいな気持ちいいあくびができなくなったけど、ハリーは頭をぺこぺこおじぎみたいに動かしている。肉食恐竜の親愛の証なんだって。私もちゃんとおじぎで返事。
 綱を引くと静かに横に並んでついてくる。私の力でハリーを引っ張れるわけはないけど、こうしてちゃんとお散歩できる。こんなの、ハリーのお利口さのほんの一部なんだから。
 お散歩に行くのは近くの大きな公園。木がいっぱいあって、森に住んでいたケラトサウルスが落ち着ける場所だから。ジュラ紀の森とは違うけどね。
 公園に着くまでは、頭を上げてきょろきょろ、そわそわ、不安そう。ちょっとかわいそうだけど、もう少しどっしりと落ち着いていてほしいかな……。
 向こうから車。ハリーは急に横に跳びはねて、私の陰に隠れちゃった。
「情けないなあ……」
 ハリーはキュウンとしおらしい声を出す。
 公園は子供たちとか家族連れでにぎわっている。怖がられないように、森のほうまですみっこをそっと通らないと。ここでお散歩する許可は取ってあるけどね。
 小さな男の子がこっちに気付いた。とことこ駆け寄ってくる。
「きょおゆーだー!」
 でも、慌てたその子のお母さんがすぐに後ろから抱えて逃げていっちゃった。近寄って触っても平気なのに。
 森に入るとハリーはきょろきょろをやめて、すっと脚を伸ばして堂々とした歩き方になった。とっても凛々しく見える。やっぱり恐竜はこうじゃないとね。
 風で木の葉がさわさわ鳴って気持ちいい。ハリーも目を細めて、喉をくるくる鳴らしてる。
 ハリーは、化石を何か難しい名前の顕微鏡で調べて見つかった遺伝子から生まれたケラトサウルスの孫で、本物のジュラ紀の森を知らない。
 この公園の森だけが、ハリーがリラックスできる場所。動物園でもっと過ごしやすい森に住まわせてもらえるまで、辛抱してね、ハリー。
 ハリーが、急に立ち止まって、右を向いた。
 視線の向こうには、小さな白い犬。綱を引かれながら、足を踏ん張ってキャンキャン吠えてる。ハリーに怯えているんだ。
 ハリーはぐっと足を縮めて、頭を下げる。大丈夫だよね、ハリーは暴れたりしない、お利口さんだよね?でももし、ホントにハリーが暴れだしたら……。
 ハリーは喉を鳴らしながら、呼吸で振える大きな胴体を、
 私の後ろに隠した。
 頭を私の肩にぴったり付けて、キュウウウン、って、情けない声をもらす。犬の吠える声に目をつぶってびくついている。この子……ホントに肉食恐竜?
 白い犬は飼い主のお兄さんに抱き上げられて、もう落ち着いている。
「ごめんなさい、こいつちょっと驚いちゃったみたいで。恐竜、だよね?」
「は、はい」
 素敵なお兄さんにかっこ悪いところを見られちゃった。ハリーは飼い主の気も知らずまだ頭をすり寄せてくる。
「かっこいいね!それに角で君を犬から守ろうとして、立派だね」
「えっ?」
 確かに、真っ赤な角を三本とも前に向けて、威嚇してるみたいにも見える。私の陰に隠れたんじゃなくって、犬をそっと追い払おうとしてくれたの?
 まだ弱々しい声が漏れている気もするけど、それには耳をふさいであげることにした。
「はい!とってもかしこいんです!」
 そう、ハリーはとってもお利口さん。やたら力に頼るよりかっこいいんだって、お兄さんも分かってくれたもん。
 頭をなでてあげたら、安心して体を伸ばした。帰ったらハリーも私もお昼ご飯。今日はいい子にしていたごほうびに、卵もつけてあげないとね。
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