ロックマンDASHショートストーリー 3
「Artificial Fang」
 水は器に合わせてその形を変え、皿は載せる料理にふさわしいものが選ばれる。
 彼ら機械生命体の硬質な肉体と渇いた精神の間にも、同じ摂理が通じた。
 中型格闘リーバード「カルムナバッシュ」。
 長く逞しい四肢、武骨で頑強な胴体。
 対象を圧砕する無慈悲な大顎、灼熱の燃焼ガスを伴う咆哮。
 地獄の番犬さながらの姿と力を備えた三体は、それに相応しい姿勢で永遠とも思われる時間を待機していた。
 つまり、腹這いにした体幹と吻部をいつでも持ち上げられるように四肢を整えて。
 しつけられた飼い犬の「伏せ」の形に似ていなくもない。
 悠久の無機質な伏せ。
 その恐ろしく長い沈黙を、一つの信号が破った。
-侵入者に備えよ。発見次第破壊せよ。-
 これを受け取っても彼らの体勢には何らの変化もない。
 しかし堅牢な頭骸の奥では、導電分子の迷宮を電子の群れが駆け巡り満たす。
 彼らの情報処理系統は、先程までとは比べ物にならない出力を費やすことを許可されたのだ。
 必要最低限の維持だけが続いて煩雑になった記録を、三体は整理していく。
 中には侵入者の撃退に有用なものが多く含まれるだろう。
 かつて、遥か遠い過去、頻繁に任務を命じられその全てを完遂してきた頃の記録が。
 全く同じ構造を持ち一つところで運用されてきた三体だが、違う個体である以上は各々の経験の細部は異なる。
 二体が対象を取り押さえ残り一体が止めを刺したこともあれば、一体に苦戦する対象に残り二体が追い討ちをかけたこと。
 三体異なった条件で対象を待ち伏せたことなどもある。
 三体は各々の記録の整理と並行して盛んに互いの記録を参照し、戦闘の経験を共有した。
 彼らは最も有能な番犬である。
 そうであるからには、彼らを運用し、有効に機能することを評価する存在に関する記録も、任務を完遂した記録と対になって残っていた。
 運用者の実態に関する記録はない。
 先程沈黙を解いた信号の発信源はあるが、根本的にはその発信源をさらに操っている者が運用者だ。
 任務の遂行を高く評価されたことの記録は、その任務の記録を全面的に今後の参考とすると決めさせた。
 手際の悪さを指摘されたことの記録は、同様の失敗を繰り返さないよう記録の再検討を促した。
 技術面だけでなく、評価を得ること自体が彼らの後の活動を活発にしたという記録もある。
 一体がその記録に手をつけると、他の二体もそちらを整理することを優先した。
 彼らを評価し、管理し、維持していた存在に関する漠然とした記録を、三体は集め、辿り、まとめた。
 そうすることで、それらの記録を得たとき同様の機能の高まりが得られると判断されたからだ。
 彼らの運用者は、遂行した任務の内容だけでなく三体の能力自体を高く評価し、カルムナバッシュという種そのものを優れたものと考え、リーバード全体に全幅の信頼を置いていた。
 記録を遡れば遡るほど、三体の内で任務の遂行を促進するものは強まり、同時に、さらに記録を遡らせた。
 そうしてより古い記録を辿っていくうちに、
 一体が壁をすり抜けるようにしてたどり着いた。
 今までそれがあることさえ確認されなかった、異様に古い記録に。
 それは、三体が生み出される前、いや、リーバードそのものやリーバードを生み出したものより遥かに古いことになっていた。
 あり得ない記録。
 だが他の二体にもそれは存在し、そちらを整理することが何よりも優先された。
 彼らとは比べ物にならない原始的な構造の機械が記録に現れる。
 現在の彼らとほとんど同じ機能、いくらか似た形態をしている。
 それもまた三体一組であり、この記録はそれらが残したものだった。
 機械達は彼らと同様、地下の狭い空間に配備され侵入者を待ち受けていた。
 それらを生み出し使用した存在ははっきりとした姿をとっていた。
 オリジナル・ヒト・ユニットとおぼしき、白い衣服をまとい頭頂に毛髪のない者。
 機械達はその運用者と接触するとき、三体が評価を得たときと同じように、あるいはそれ以上に活動の水準を高めた。
 侵入者はことごとくそれらの放つ火炎に焼き尽くされ、機械達の防衛は完全だった。
 最後に、機械達よりずっと小型の、ヒト型をした青い機械と対峙するまで。
 それは複雑な地形をものともせず、火炎をいとも容易く回避し、機械達に容赦ない弾丸を浴びせ、
 最後の一体が地に伏して大破し、
 そこでその記録は終わった。
 その後、三体の情報処理速度は著しく低下した。
 記録を辿る間、彼らは三体の機械を自分達自身であるかのように認識しつつあった。
 そうではないことを示すものはいくらでもある。記録の残された時期、彼我の構造の差異、機械が破壊されたということ。
 ただ、ならばなぜ、あの記録は三体に残されていたのか。
 進まない処理を無線信号が打ち切った。
 彼らの運用者からのものではない。このすぐ近くの侵入者に向けられている。
「……ーばーどって……のかな……」
 信号の波形から音声が抽出される。内容ではなく、この信号をデコイが発しているという情報が重要だ。
 侵入者もデコイに違いない。破壊は容易だろう。
「……いことを……って……」
 降りつつあるエレベーターに全センサーを向ける。
 開口部から侵入者の姿が徐々に現れる。
 侵入者の頭部まですっかりあらわになったとき。
 三体の認識は爆発的に塗り替えられた。
 あれは自分達を、あの機械達を破壊した者だ。
 いや、ごく大まかな外見以外は記録の中の青いヒト型の機械と全く異なる。
 だが彼らの内の何かが強い警告を発して止まない。
 彼らに不合理な恐怖はない。あるのは、相応の対処を行う判断を下すために、対象を破壊することの困難さを認めることだけだ。
 後肢を伸ばし、久方ぶりに顎と胴を持ち上げた。
 そして侵入者を、これまでで最も破壊困難な相手であると認めた。
 自分達の主のために。
 先頭の一体が地を蹴った。
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