ロックマンDASHショートストーリー 2
「紅い翼の背負うもの」
 カトルオックス島襲撃を後にひかえた空賊・ボーン一家の頭領ティーゼル・ボーンは、眉間にしわを寄せて分厚い資料に目を通していた。
 その資料、新型戦闘艇の企画書を書いたのは、机の反対側から真剣な目で兄を見つめるトロン。
 やがてティーゼルが、資料を置いて重々しく口を開いた。
「こりゃあ、俺は許可できねえな」
「どうしてですの、お兄様!?これが実現すれば圧倒的戦力になりますのに!」
 両手を机に叩き付けて、トロンは叫ぶ。
「確かにこいつぁ画期的だ。ディフレクターの推力を推進にだけ使って、浮揚力は翼で得るってのはな。こいつのスピードと機動性は並の船じゃ絶対に太刀打ちできねえ」
 普通の飛行船は、ディフレクターから得られる力を浮揚力と推進力に振り分け、浮かびながら前に進む。
 企画書の中核で解説・検討されているトロンのアイディアは、そのディフレクターの力をホバリング時以外は前進にだけ向けて、船体を浮かせる力は気流を受けた翼から得るというものである。
 これなら、船全体の重量分の力しか出ない小型のディフレクターで済み、それでいて素晴らしい性能が引き出せるはずだった。
 そのメリットを理解できないティーゼルでは、もちろんない。
「じゃあ……どうして」
 ティーゼルは言い淀んだ。
「その画期的な機動性が問題なんだよ。今までこんな船、作った奴も操縦した奴もいねえ。安全に作って飛ばすノウハウはゼロだ。さばき切れるとは……思えねえんだよ」
 トロンは、兄の考えが痛いほどに理解できて肩を落とした。
 他の船を設計するよりはるかに多くの時間と労力をこれに費やしたのは、外ならぬ彼女だ。だからこそトロンにはその難しさがよく分かるのだ。
「分かってくれるな、お前のためでもあるんだ。今は危ない橋を渡るようなときじゃねえ。じっくりいこうや」
「わかりました……失礼します」
 静かにティーゼルの部屋を出る。
 気落ちして廊下を歩いていると、トロンの背後から小刻みな足音がついて来た。
 振り返ると、コブン十四号がこちらを見上げていた。
「あの、ティーゼル様はトロン様を信用してないわけじゃないんですよ!ただトロン様の安全を思ってのことでして」
 十四号は腕を振り回しながらぴいぴいと訴える。
「分かってるわ……、あんたはいい子ね」
 トロンは力無く微笑みながらそっと頭を撫で、
「さっ、船の整備よ!次の出稼ぎは待っちゃくれないわ!ほら、さっさと行くわよ!」
 ぱっと、コブン四十体を指導する者の厳しさが戻った。

 ティーゼルの部屋では、コブン八号が机の横でつぶやいていた。
「トロン様は、決して単なる思い付きで企画したんじゃないと思うんです。きっと一家のことを一生懸命考えて」
「ああ、分かるさ。お前はいい奴だな」
 ティーゼルの手の中の企画書はあちこちがインクの擦れで汚れ、計算書は微に入り細を穿つ綿密な式でびっしり埋まっている。
 何より、トロンの目の下にできていた隈。
「ほれ、船の整備の時間だ。遅れたらトロンの奴カンカンだぞ」
 八号のほうを向き、にかっと歯を見せる。
「ひ、ひえ〜っ!失礼しま〜す!」
 慌ててドアから飛び出していく八号。
 その後も長いこと、ティーゼルは企画書を読み返しつづけた。

 その後、カトルオックス島への数回の襲撃を経て。
 会議室は閉塞感に満ちていた。悩みの種は、異様に腕の立つ青い少年ディグアウターの、全く予想もつかなかった妨害である。
「今回もスカか」
「戦車隊も、マオルヴォルフやバルコン・ゲレードも、みんなやられてしまいましたわ」
「あの青いヤローをどうにかしねえことにはなあ……」
「ええ、それには……」
 トロンもティーゼルも、今まで通りの力押しのメカでは青い少年に太刀打ちできないことに気付いていた。
 しかし、「じゃあアレ作っちまおう」「わかりましたわ」で済むものでないことも、よくわかっていた。
 決断の材料がない限り二人とも新型戦闘艇のことを言い出せない。
 時間だけが過ぎていく。会議室に重い空気が流れる。
 その沈黙は、勢いよく開くドアの音に打ち破られた。
 入ってきたのは二体のコブン。手には、コブン自身ほどの大きさの、鳥と人の中間のような姿をしたメカが掲げられている。塗装は施されておらず金属の色。
「あんたたち、それは!」
「そいつぁ……!」
 二人は思わず椅子から立ち上がる。
 企画書に記した新型船、まさにそのスケールモデルだった。それが実際に飛ぶものだとトロンには一目でわかる。
「あんたたち、断りもなく何勝手な物作ってるのよ!材料も動力もタダじゃないのよ!」
 トロンの怒鳴り声には憤慨や叱責だけでなく、戸惑いも混じっていた。
「すいません、トロン様〜!」
「でもでも、すごくよく飛ぶんですよ!トロン様の計算通りですよ〜!」
 その言葉を受けて、トロンは気付く。
「ちょっと、貸してみなさい」
 手にとってみるとやはり、翼の形状や角度、寸法に一辺の狂いもない。コブン達だけによる工作とは思えないほど正確にできていた。
 それは、設計の最中要求される精度にくじけそうにもなったトロンを勇気づけるのに充分だった。
「あんたたちったら、いつの間にこんなに……」
 ティーゼルが肩を叩く。
「表で飛ばしてみようぜ。新しいメカは動かしてみなきゃわからねえや」

「それっ!」
 コブン十四号の両手を離れた模型は軽やかに舞い上がる。八号はリモコンの操作に四苦八苦。
 模型は時折たどたどしさを見せるものの目も覚めんばかりのスピードで夕空を駆け、ホバリング形態との転換もなんとかこなしてみせた。
「トロンよお」
 空を舞う模型を見つめるトロンの背中に、ティーゼルが満足そうな声をかける。
「ええ、お兄様……私、必ず完成させて乗りこなして見せますわ。あの子たちにも模型ができたんですもの。私が本物をできなくてどうするのかしら?」
 その声と拳を覚悟に固め、トロンは答えた。
「ああ、やってやろうぜ。あの青いヤローの度肝抜いてやる!」
 ティーゼルの赤い代替眼は、一家を守る決意に燃えていた。
 実物の戦闘艇を仕上げる際、このときの夕日に一家の結束を誓うかのごとく、深紅の塗装が施された。
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